経済・社会

2025.09.02 13:15

ロシアで戦死した兵士も国威発揚に動員する北朝鮮 抜け落ちた英雄の論理

Photo by Kim Jae-Hwan/SOPA Images/LightRocket via Getty Images

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北朝鮮の朝鮮中央テレビは8月22日と30日、ロシア・クルスク州に派遣されて戦死した兵士たちの国家表彰授与式が2回に分けて行われたとそれぞれ報じた。22日の報道は、平壌の4・25文化会館で、クルスク州での戦闘で武勲を立てた指揮官や戦闘員のための祝賀公演も行われたと伝えた。映像を見た元自衛隊幹部たちは、国威発揚を狙った「よく作り込まれた映像」だと語る。しかし、そこには重要な論理が抜け落ちている。

第1回授与式では檀上に101人の遺影が飾られていた。金正恩氏が遺影の一つ一つに勲章を取り付け、遺族とも個別に挨拶を交わした。第2回授与式では、遺族に国旗に包まれた遺影を手渡して慰労した。英雄称号や金星メダル、国旗勲章第1級がそれぞれ遺族に授与された。金正恩氏は第2回の授与式で、平壌に戦死者を称える「セッピョル通り」を作り、記念碑を設置するとともに、遺族の子弟を革命学院(平壌にある万景台革命学院を指すと思われる)に通わせると約束した。

陸上総隊司令官を務めた高田克樹元陸将は、北朝鮮の授与式について、世界各国軍の追悼式に負けない厳粛なものだったと指摘する。高田氏は「自衛隊の場合なら、儀仗隊の銃を扱う動作で銃が地面につく時のガシャンという音にも気を遣います。米軍の場合は、厳正粛々な雰囲気の中で、上級曹長が戦死した兵士の名を呼び、返事がないことを確認しつつ、皆で戦死者を追悼します。この場合も、大きな音がでるものは、鐘と弔銃ぐらいです」と語る。

一方、祝賀公演の映像を見ると、兵士たちがロシアに向けて出発するシーンから、実際の戦闘、そして遺体の棺が北朝鮮に戻ってくる場面などが紹介されていた。高田氏は「歌手が壮大な演奏の下で歌い上げるなどという演出は見たことがありません。朝鮮戦争以来、軍として組織だった戦闘は初めてであり、これを国威発揚に大いに活用しようという姿勢が見て取れます」と語る。

また、陸上自衛隊東北方面総監を務めた松村五郎元陸将は、公演の最中に流れた映像について「昨年10月の出発から時系列で感動的にまとめられ、効果的に編集されているという印象です」と語る。松村氏によれば、第2次世界大戦の頃から、米国も日本も軍の広報組織が戦場で実際に戦う兵士の動画を撮影していた。そのうえで、効果的に編集して国内外に配信し、国内の戦意を高揚し、国外にも自国の強さをアピールしてきたという。松村氏は「このような映像を撮る部隊を、米軍ではコンバットカメラと称しています。北朝鮮の場合も、最初からそれを意識して撮影部隊を同行させていたということでしょう」と話す。

同時に松村氏は、「今はネット上に戦場で撮った動画が溢れていて、政治宣伝臭が強い戦時広報は逆効果になりがちなので、ロシアなどはむしろ政府の関与を隠してSNSなどで情報操作することに力を入れています。北朝鮮の場合は、国内にインターネット閲覧の自由がないので、このような国策映像が有効なのではないでしょうか」とも指摘する。

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文=牧野愛博

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