加藤登紀子さんの姪である加藤暁子さんは、今回のハルビン公演に同行している。出発前に彼女は筆者にこんな話を聞かせてくれた(実は、彼女は自身の祖父の幸四郎さんが新宿に開店したロシア料理店「スンガリー(ロシア語で松花江の意味)」のオーナーである)。
「ハルビンは永らく祖母のノスタルジーの詰まったストーリーの世界でした。以前、祖母や母が訪ねたときは、都市開発が進み、かつて住んでいた家がなくなっていたり、現代的な街並みに変わってしまったり、寂しい思いをしたと聞いていました。
2019年以来、今回2度目の訪問となる私にとってのハルビンは、ロシア建築を観光資源として活かそうとする姿勢がさらに鮮明になり、ロシア料理のレストランも復活していたりと、中国にいながらロシアを味わえる面白い街だと改めて感じました」
そして、暁子さんは今回のハルビン訪問について、次のように期待を語っていた。
「生まれてからずっとハルビンから引き揚げた祖父母の近くに暮らし、父や母もロシア料理店の『スンガリー』を経営していたので、ハルビンや満洲という地名は常に身近にありました。祖父母が書いた本から当時の様子も知っていました。
今回の旅でも、祖父母の本に出てくる映画館やカフェ、ホテルをめぐると同時に、新しいハルビンを楽しみたいと思います。新旧のハルビン、変わりゆく街、両方とも味わい深いです」
そんなハルビンという街を訪ねたら、ぜひ味わってほしいのが本場のロシア料理である。
人気メニューはボルシチやロールキャベツ、ビーフストロガノフなどの定番のロシア料理だ。ワインやシャンパン、ウォトカはロシア産で、自家製パンも味わえる。調理人や配膳スタッフもロシア人だ。
ハルビンには20世紀前半にロシア人が残したグルメもある。例えば、豚の腸詰である「ハルビン紅腸」や、トウガラシや花椒(中華山椒)などのスパイスで塩漬けしたソーセージの「腊腸」などの中国風にローカライズされたロシア料理だ。
ハルビンには、ロシアから来た商人が1900年代に開業した「秋林公司」という百貨店が現存しており、当時から、そしてロシア人がいなくなった戦後も、これらのロシア由来のグルメはつくられ、売られてきた。
いまでは中国の南から訪れる旅客の定番土産の1つとなっている。思えば、少数民族が居住するエリアでもないのに、こうした異国の味覚が楽しめるという意味で、ハルビンはユニークなグルメタウンといえる。
そして、今日の東京でも、これらのハルビングルメは黒龍江省出身の人たちが営むガチ中華の店で味わえることも付け加えておきたい。


