UNDER 30

2025.09.06 11:15

石井玄の若手時代。大切なのは「好きな想いを共有できる人」に出会うこと

玄石 代表取締役の石井玄

最初の目標は、とにかく早くディレクターになること。30歳までになれなかったら、この業界を辞めて死ぬしかない、と思っていました。若手が次々と辞めていく人手不足な状況も「ピンチだけど、チャンス」と捉え、人の何倍も働きましたね。準備に30分かかるところを15分で済ませて企画を考えたり、社内のディレクター全員の番組にADとして付いて顔を覚えてもらったり。正解が分からないから、とにかく全部やった。「この先に面白い番組が作れる」っていうご褒美が目の前にぶら下がっていたから、無我夢中で走れたんだと思います。

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その甲斐あって、27歳で『アルコ&ピースのオールナイトニッポン0(ZERO)』のディレクターになりました。普通のラジオと違って、毎週何十ページの台本がある全編コントのような番組でした。放送作家さんと半日近く打ち合わせをして、ものすごい準備をする。大変でしたけど、そこで「カロリーをかければ、面白くなる」という絶対的な自信を得られたんです。好きなことで、しかも面白いと確信できるものを作って、お金がもらえる。こんなに楽しい仕事はない、と天職だと感じた瞬間でした。

番組は絶大な人気を博し、1年で終わるという当時の「2部枠」のジンクスを破り、見事1部へと昇格できました。本当に楽しくてしょうがなかった。辛さゼロです。

「好きを仕事にすべきじゃない」と言う人もいますが、それは実はそこまで好きじゃないだけ。こんなに楽しい世界はないですよ。もちろん、10代のうちに出会えていたら最高でしたけど、20代というまだまだ時間と体力があるうちに、一生付き合える好きなものを見つけられたのは良かったと思っています。

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東京ドームの熱狂と、その先に見えた景色

20代で「ディレクターになる」という目標を達成し、U30を過ぎた後の話ですが、転機が訪れたのは2019年の『オードリーのオールナイトニッポン』10周年記念の武道館ライブでした。1万人以上のお客さんが目の前で感動している光景を見て「これだ!」と。次は、この熱狂をちゃんとお金にして、「斜陽だ」と言われ続けているラジオが続くための仕組みを作りたい。そう思うようになりました。

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文=堤美佳子 編集=田中友梨 撮影=山田大輔

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