生成AIの導入を加速させるキリングループ。同グループ全体のデジタル戦略やICT戦略を推進するキリンホールディングス デジタルICT 戦略部長の後藤遵太と、AIエージェント開発・コンサルティングを担うGenerativeXの代表・荒木れいが、生成AI活用のあり方について語り合った。
荒木れい(以下、荒木):キリングループでは、独自に開発した生成AI「BuddyAI」を運用していますね。
後藤遵太(以下、後藤):生成AIの話題が日本の企業の間で盛り上がった2年ほど前、当社でも生成AIの開発に着手しました。それが現在のBuddyAIにつながるもので、2023年9月に第1世代をリリースしました。最初は利用率が低かったのですが、現行の第3世代であるBuddyAIではアクティブ率が50%近く、多い人は、1日に数百のプロンプトを書いています。
荒木: AI活用の機運をどのように高めていったのでしょうか。
後藤:全社的な機運が高まったのは、今年5月以降です。第3世代のリリース後、2週間にわたって毎日メルマガで「こういう使い方ができます」と発信して啓蒙活動を行いました。7月には「バディクル」という生成AIに関する社内コミュニティーを立ち上げ、500人がプロンプトのつくり方などの情報交換をしています。
ひと月余りで100以上のユースケースが集まり、利用がどんどん加速しています。一般的に新しいツールは、2週間もすると使用率が鈍化する傾向がありますが、GenerativeXにもアドバイスをいただき、その谷を乗り越えたと実感しています。
ひとつの技術に対して2つのチームをつくって競わせる
荒木:当社とキリングループとの関わりは、2024年の夏頃からになりますね。
後藤:当初は、生成AIに特化したスタートアップの一つという認識でした。お会いしてすぐ、様々な業務での活用事例やアプリケーション開発の裏側まで見せていただき、そのオープンさに大変驚きました。
荒木:一般的には、自社の強みやアプリケーションのメリットを訴求することが多いと思います。私たちは逆にプロンプトを含むアプリケーションの仕組みや開発のプロセスを積極的に開示します。そのほうが導入を検討する方にとって現実感をもってもらえるからです。
後藤:生成AIツールをRAG(検索拡張生成〈学習データに、社内文書などの外部データからの検索結果を組み合わせて回答を生成すること〉)で構成すると立ち上がりは早いですが、業務プロセスへの組み込みをしっかり考えておかなければ効果が限定的で応用が効かず、あまり長くは使えません。
そのため、データをいかに業務プロセスに組み込むかが重要であり、闇雲にRAGをつくってもうまくいかないのではないかと考えていました。そのようなときに、GenerativeXに出会いました。お話を伺い、いろいろな可能性を感じました。
荒木:お客様からアイディアやユースケースが出るようにならないと、会社は変わりません。チャットボットなど汎用型のツールを入れたいのであれば、世の中にいいものがたくさんあるので、それを使えばいい。私たちはそうではなく、ビジネスのプロセスをどう変えるかを主眼に置いている方を少しでも増やしていきたいという思いでやっています。そのため、私たちとご一緒する方は、ちょっとオタクな人が多いんです(笑)。
後藤:そうかもしれません(笑)。GenerativeXには、当初はBuddyAIとは別に立ち上げた生成AIプロジェクトにメインとして入っていただきました。
荒木:はい。でもBuddyAIがありながら、なぜ別のプロジェクトを走らせたのでしょうか。
後藤:システム開発の生産性からすると非効率だと思うのですが、生成AIの効果として取り上げられる「個人の生産性の向上」はBuddyAIでした。その先のAIエージェントによる業務プロセス全体の効率化を考えたとき、GenerativeXの考えるアプローチや、培った経験やノウハウが魅力的で、我々をリードしてくれる、そう感じました。
私は多様性を重視しています。多様性の根本はコンペティションだと思っているので、今回は、ABテストのように、ひとつの技術の活用に対して2つのチームをつくって、それぞれのアプローチを競わせる。それによってより高い効果をスピーディーに出せるようになる。そう考えて、そういう状態を意図的につくりました。BuddyAIの開発チームは、御社の経験やノウハウ、アジャイルなスタイルからよい刺激を受け、スピーディーに機能を追加するスタイルを確立しています。GenerativeX は私たちにとって、教導してくださる「アグレッサー(仮想敵役を演じる部隊)」のような存在です。
荒木:それはとても重要なことです。先日リリースされた「GPT-5」によって生成AIの性能は格段に上がり、できることが爆発的に増えたので、ひとつの環境やひとつのアプローチ以外のことを試す重要性はさらに高まっています。
2名の社員が研修でアプリ制作を体験
後藤:ご支援を受けてありがたいと思った瞬間は、2月でした。弊社の女性社員2人をGenerativeX に派遣して、生成AIを活用したアプリケーション開発の研修をしていただいたときです。
荒木:多くの会社で生成AIの利用は、議事録や資料を作成するといった壁打ちにとどまりがちですが、情報を調べてまとめるなど、もう少し企画や戦略に踏み込んだ活用方法をおふたりにハンズオンでご紹介しました。プログラミングにはオンラインの研修もいろいろとありますが、横に座って一緒にやる“寺子屋式”が最も効果的です。
後藤:2人のうちの1人はIT企業出身で、“これはすごい”と直感して、わずか2カ月で50ほどのアプリを開発しました。もう1人は戦略コンサル出身でコーディング経験はありませんでしたが、業務を深く理解していたためユースケース設計に強かったのです。その彼女が2月のリーダー会で研修の内容を説明したところ、リーダー陣が一斉に反応しました。「未経験者がわずか1月ちょっとという短期間で、ここまでができるなら、やるしかない」と声があがり、まさに社内にスイッチが入った瞬間でした。
DXは技術でなく「人づくり」から始まる
後藤:私は常々、DXとはIT技術を使うことではないと考えてきました。人が変わらなければ業務改革はできないので、最初は「タレント・トランスフォーメーション」なんです。GenerativeXには、まさに生成AI時代の新しい人財のロールモデルをつくっていただいたと捉えています。アプリケーションを開発したことのない彼女が、今ではBuddyAIをリードしています。
荒木:生成AIの強みは、1人の人間を100倍の力に引き上げる爆発力です。やる気のある人を伸ばせば、大企業も変えられる。重要なのは方法論ではなく、まずやってみる姿勢とガッツだと思います。
後藤:まさにその通りです。当社でも「まずはやってみる」姿勢を重視しています。30年前は今ほど世の中の変化が激しくなかったので、一度戦略を策定したら、それが陳腐化するまでに時間的猶予がありました。しかし今はVUCAの時代であり、これほどテクノロジーの進化が早いと、昨年策定した戦略がはたして今年も有効なのかわかりません。戦略を見直すサイクルが早まっているので、戦略を練るよりも小さく試して検証するほうが価値を生むのではないでしょうか。それにはコストがかかります。
ただ、将来的に生成AIを活用すれば、デジタルツインで簡単に様々なことを検証できるようになる。そうすると、ますます「まずはやってみる」ことが重要になると思うのです。我々のジャーニーの中で気を付けている点は、チャレンジを繰り返す中で組織が「学習する組織」になることです。今回のように2チームを競わせて学習サイクルの回転数をあげる、といったアプローチは人財開発・組織開発のスピードをあげるためには有効です。これによりDXを推進する人財が多く誕生していく組織を作っていきたいと考えています。
荒木:将来的には、生成AIをどのようにご活用していきたいとお考えですか。
後藤:それについては今、社内で一生懸命に議論しているところです。当社の経営層向けに開催したある勉強会で、外部の有識者の方から「AIアライメントになる会社とならない会社とでは、2030年に違った景色が見えてくる」というお話をいただきました。昨年、聞いた時は半信半疑だったのですが、今の状況を見ると、納得できます。
例えばユーザーの代わりに商品を選んだり、購入手続きを代行したりするショッピングエージェントが普及すると、メーカーが展開するキャンペーンとは一切関係なく商品が購入されるので、私たちにとって脅威です。これからは、生成AIがもたらす社会変化にいかに生活者目線で気付いていけるかが重要です。
荒木:未来がどうなるかはわかりません。ですが、AIがもっと進化するということだけは確かです。そのときに私たちがすべきことは、技術を追いかけること以上に「人を強くすること」です。キリングループのように、感度の高い人をどんどん増やしていき、生成AIに対して前向きかつ受容速度が高い部署やチームを構築していくことが重要だと考えています。私たちは、これからもその挑戦を全力で支援していきます。
ごとう・じゅんた◎キリンホールディングス デジタルICT 戦略部長。大学卒業後、外資系ソフトウェア企業や製薬企業で、ERP導入による企業変革やデジタル基盤の構築などに携わる。23年7月にキリンホールディングスに入社し、2024年3月より現職。キリングループ全体のデジタル戦略やICT戦略を推進する。
あらき・れい◎GenerativeX代表取締役CEO。東京大学大学院工学系研究科修了。新卒でJPモルガン証券入社。投資銀行部門でM&A、資金調達などのアドバイザリーに従事した後、飲食店DX事業のスタートアップ・売却を経て、GenerativeXを創業。



