退屈と燃え尽きは紙一重
燃え尽きの唯一の原因は働き過ぎだという、危険な思い込みがある。実際には能力を試す機会が少ないことも、同じように心の疲弊を招くことがある。忙しいが退屈もしている、という状態だと、熱心に働いているふりをしようとして、感情的なエネルギーを消耗する。そうやって見せかけているうちに疲れ果ててしまうのだ。
また、自分の職業的なアイデンティティに対する疑問が生じることもある。かつては情熱を燃やしていた仕事なのに、いまでは熱い思いが感じられない、という場合は、自分のシャープさや強みが失われたのでは、と思い始めるかもしれない。
だからこそ退屈について、ごく普通に話し合えることが重要になる。優秀な人は、もっと挑戦したいと望んだとしても「感謝の気持ちを欠いている」と思われないような状況を必要としている。中間管理職は、仕事が行き詰まっていることを、業績不振だと誤解されずにうまく表現できる言葉を必要としている。企業幹部は、従業員のエンゲージメント低下を事前に把握して、離職を防ぐための枠組みを必要としている。
退屈は生産性の敵ではない。注意を促すサインであり、エネルギーが正しく生かされていないことを伝えている。そのサインに早めに気付けば、うまく軌道修正でき、感情の爆発を防げるだろう。
従業員の退屈を真剣に受け止めるリーダーは、優秀な人材を失うことなく、精神的に健全なチームを維持できる。
退屈を感じてもいい
現代の職場は、常に刺激が存在する構造になっている。通知音がひっきりなしに鳴り、会議が次々と行われ、受信ボックスはメールでいっぱいだ。そうした環境では、退屈するのはタブーのように感じられるかもしれない。しかし実際のところ、退屈は取り除くべき問題ではなく、観察すべきポイントなのだ。
退屈しているからといって、自分に問題があるわけではない。それはむしろ、心が意義を求めているという耳を傾けるべき兆候だ。
慌てたり罪悪感を覚えたりせず、好奇心をもって退屈に向き合おう。退屈な自分は、何を求めているのだろうか。さらなる挑戦を望んでいるのは、自分のどの部分なのか。そしていまの自分がその求めに応じたら、どんなふうになるだろうか。
キャリア上の最良の決断は、燃え尽きではなく退屈をきっかけに生まれることがある。退屈という静かな兆候を、決して無視してはいけない。それは、成長を求める最初の兆しなのだ。


