台湾自転車産業の背景と創業者アイク・ツェンの挑戦
台湾は、第二次世界大戦後の数十年で自転車産業で存在感を示し始めたが、背景には農業への経済的依存から脱却を図る動きと、1970年代のエネルギー危機によるプレッシャーがあった。メリダは、自社が浮き沈みを乗り越えてこられたのは、数十年にわたり他社に先行して動いてきたことが一因だと説明している。
メリダのウェブサイトによれば、同社のルーツは創業者アイク・ツェンがモーター・スクーター分野のエンジニアとして米国を訪れた時に遡る。そこで彼は、自転車店の入り口に「粗悪な台湾製自転車は修理しません」という張り紙が掲げられているのを目にし、起業家としての野心を奮い立たせたという。
アイクは帰国後に自転車工場を設立し、台湾製自転車のイメージを変えることを決意した。ウェブサイトは彼について「優れたエンジニアであるだけでなく、先見の明を持つ人物だった」とし、「彼が生み出した数々のアイデアは、世界の自転車産業の流れを変えた」と伝えている。
メリダの製品展開と国際拠点
メリダは1972年の創業当初、海外ブランド向けの低価格自転車の組み立てに注力した。その後、米国市場向けにBMXモデルや10段変速機付き自転車といった付加価値の高い製品を投入し、1980年代にはマウンテンバイクも加えた。
中国語の社名(美利達)が「美しく順調に到達する」という意味を持つメリダのブランドは、1987年に世界展開を開始。その後、比較的コストの低い中国本土に3つの工場を設立し、1992年には台湾証券取引所に上場した初の自転車メーカーとなった。
メリダは長年にわたり欧州と深いつながりを築いており、2001年には販売代理店のメリダ・センチュリオン・ジャーマニーとの提携により、ドイツのマクシュタットにデザイン拠点を開設した。同社の自転車を使用したライダーは、五輪でメダルを獲得している。今月の英国最大の自転車フェスティバル『Ard Rock Enduro』でも受賞するなど、数々の舞台で実績を残している。
メリダは、米国で自社ブランドを販売していないが、カリフォルニア州に拠点を置くSpecializedに出資しており、2001年に49%の株式を取得したと報じられた(Specializedは、フォーブスの取材依頼に応じなかった)。CLSTのデータによれば、メリダの自転車の約60〜65%は2000ドル〜7000ドル(約29万円〜103万円)の価格帯で、5〜10%は1台あたり7000ドル(約103万円)超で販売されている。


