一方、愛情深いパートナーは、対立に対してより直接的な方法でアプローチする。沈黙や自分の時間が必要な場合、その必要性を知らせることなくあなたをほったらかしにすることはない。
頭の中を整理するために1時間、あるいは1日離れる必要があることを明確にはするが、問題を解決するためにすぐに戻ってくることを必ず伝える。こうした人は、何も知らされずにほっておかれることがどれほど神経をすり減らすものかを正確に理解しているため、罰としてコミュニケーションを取らないようにするなんて考えもしない。
そして、あなたが自分にとって無視されることがどれほど傷つくものなのか話したなら、そうした人はその恐怖や感情を受け入れるために全力を尽くすはずだ。決してあなたの痛みを否定することはないだろう。
2. あなたの弱さを利用する
真剣な関係において弱さは必要な側面だ。しかし、私たちが心に抱く恐れや不安をパートナーに打ち明けるとき、私たちは相手を信頼するというかなり思い切ったことをすることにもなる。自分自身の最も脆弱な部分をさらけ出し、できることといえばそれが慎重に扱われることを切に願うだけだ。
最悪の場合、つまりパートナーがさらけ出された弱さを利用する場合、あなたが打ち明けたことを軽んじたり、否定したりするような反応を示すかもしれない。例えば、あなたが不安や恐れを打ち明けたのに「それは深刻なことではない」という言葉を返されたり、それをからかったりする。
悲しいことに、このような傷つくような対応をするパートナーはたいてい、傷つきやすさが危険であることを身をもって学ばなければならなかった人だ。感情を否定されたり、馬鹿にされたりすることが常態化している家庭では、子どもたちは自分の感情を共有することが悪い結果を招く可能性が高いことをすぐに学んでしまう。
残念だが、幼少期にこのような扱いを何度も受けた人は、大人になってもこのような考え方が習慣化する可能性がある。
しかし、そうした人が弱さに対する自分の見方をどれほど正常だと思っていても、このような観念が引き起こす苦痛は反論できないものだ。専門誌『Journal of Personality and Social Psychology(ジャーナル・オブ・パーソナリティ・アンド・ソーシャル・サイコロジー)』に掲載された研究によると、どのような人間関係においても弱さは不安を伴うものだという。
どんなに自分に自信のある人でも、他人に心を開いた後、自分が弱いと思われたり、哀れだと思われたりするのではないかと不安になる。さらに、研究の著者たちは、たとえ弱さに肯定的な反応が返ってきたとしても、その恐怖が直後におさまるとは限らないと指摘している。多くの人は、相手の反応が本心からのものかどうかを疑い続け、それが不安の連鎖をさらに続かせることがわかった。
こうしたことから、恋愛関係において一度でも自分の弱さが嘲笑されたり否定されたりすると、すでに恐怖を感じているこのプロセスはさらに破壊的な結果をもたらすことになる。
対照的に、愛情深いパートナーは弱さを尊いものとして扱う。自分といる時は率直であっても常に安全だということを示すために、思い込みを抱かずに耳を傾け、最大限の安心感を与えられるよう対応する。また、あなたの欠点や弱さを意図的に悪用することがないのは言うまでもない。
そして重要なことは、もしあなたが、自分の弱さに対する相手の反応が傷つくものだったり、軽んじたりするもののように感じられると伝えた場合、そうした人は真剣に受け止めるということだ。そして、それを変えるために必要な努力をするだろう。あなたが正直に話したにもかかわらず、相手があなたを馬鹿にしたり見下したりし続けるのであれば、間違いなくその人はあなたのことを一番に考えていないのだ。


