大手金融機関で今、前例のないAI活用への挑戦が始まっている。内製開発の体制を3倍に拡大し、今や社員の5割が生成AIツールを使いこなすみずほフィナンシャルグループ。その変革を率いる執行役員 デジタル戦略部部長 兼 デジタル・AI推進室長・藤井達人と、AIエージェント開発・コンサルティングを担うGenerativeX代表・荒木れいが、組織を根本から変える生成AI活用の秘訣を語った。
荒木:最近カフェに行ってよく耳にするのが生成AIの話題です。30、40代のビジネスパーソンはもちろん、大学生くらいの若い人も自然に「ChatGPTを使ってアイデア出しした」なんて話していて。生成AIは社会に急速に浸透しつつあります。
藤井:我々の社内でもその変化を肌で感じます。6月に生成AIの勉強会をオンラインで開いたところ、参加者がTeamsの上限1,000人に達するほど盛況でした。開始時間にちょっと間に合わなかったせいで、主催者側の私が「満員」で入室できなかったほどです。
荒木:みずほFGのデジタル・AI推進室を率いる藤井様が進めてこられた取り組みの成果が現れた象徴的な出来事ですね。組織全体でAIに対する関心や理解が深まってきた証左と言えます。
藤井:社員全員に提供しているチャット型AI社内ツール「Wiz Chat」の利用率は本部で5-6割、営業店でも3割超で、着実に上がってきています。社内で行ったAIエージェント勉強会も参加者が1000名を超えるなど、生成AIに対する関心が社内で高まっているのは間違いありません。
荒木:直近リリースされたGPT-5など生成AIの最新モデルは過去2年間のものより圧倒的に賢く、速くなりました。それが一般消費者の認知や受容を押し広げている最大の要因でしょう。
藤井:質問しても応答の質が悪いと「もういいや」と使わなくなる。逆に、自分の想定を超える優れた答えが返ってくると、また使いたくなります。
荒木:みずほFGは、2023年に発表した「中期経営計画2025」で、経営基盤を強化する柱の一つとして「DX推進力の強化」を掲げています。
藤井:はい。今や我々デジタル戦略部の業務の半分程度はAI関連で、AI活用がDXの中心です。
荒木:今年4月に従来の「AIX推進室」を「デジタル・AI推進室」に改編。名称の変更に止まらず、体制や人員も強化されたそうですね。
藤井:20人程度だったのを3倍の60人規模に拡大しました。そのうち半分は現場と連携してプロジェクトを推進するチーム、もう半分はAIの開発・検証を担うチームです。
業務プロセスの設計は人間基準からAI基準へ
荒木:どのように生成AI活用を現場に促しているのでしょうか。
藤井:6月の終わり頃から「Work with AI @Mizuho」というキャンペーンを始めました。GenerativeXさんの力を借りて開発した業務特化の生成AIアプリや、議事録やスライドの自動作成アプリなどを積極的に活用してもらうことで、各社員の生成AIに対する警戒感を解いたり、先進的なユースケースを創出することが狙いです。セキュリティを保ちながら生成AIを使うためのクラウド基盤も整備しました。
荒木:「まず作って使う」が生成AI導入のポイントですね。
藤井:パワポで「これが生成AIツールの画面イメージです」と示しても、結局、うまく伝わりません。GenerativeXさんが短期間で作ってくれたプロトタイプを現場の社員に使ってもらったところ、「ここをこう変えてほしい」といった具体的な意見が次々と出され、それを元に翌週には改良版を出すという非常に速いサイクルが回り始めました。GenerativeXさんのメンバーはそれぞれがビジネスに対する理解を深くお持ちで、そのあたりのケイパビリティが非常に高いですね。
荒木:我々は、生成AI専門のコンサルティングファームですが、基盤となるAIモデルの開発には手を出さず、生成AIの実践的な活用支援に注力しています。メンバーも大半はコンサルティングファームや金融機関の出身者で、ビジネスを熟知している人間が生成AIアプリを作るところに我々の強みがあると考えています。
藤井:多くのAIスタートアップが独自技術の開発に注力する中で、貴社は異なるアプローチを取られていますね。
荒木:はい。私たちは基礎技術の研究開発ではなく、既存技術の実用化に特化しています。ビッグテックが莫大な投資を行っている領域で競争するより、顧客の課題に合わせて既存技術を組み合わせる方が効率的であり、顧客への価値提供に繋がりやすいと考えています。
藤井:生成AIの急速な技術進化を前提にどう組織・業務を変革するかがポイントですね。
荒木:その通りです。実際に弊社では、AIの進化を前提とした業務設計を徹底しています。定例会議や定期的な進捗報告といった従来の慣行を廃止し、代わりにAIチャットを通じて情報取得を行う業務フローを整備しています。これにより、必要な情報を瞬時に入手でき、意思決定のスピードが格段に向上しています。AIの真価を発揮させるには、人間側の業務プロセスも抜本的に変える必要があるというのが私たちの結論です。
藤井:私たちのような金融機関では一気に変革することは難しいですが、貴社のアプローチには学ぶべき点が多いです。従来の業務の切り分け方、割り当てられる時間などは、元々は人間の能力をベースに設計されたものです。
生成AIなどテクノロジーを個々の業務に応用すれば、たしかに効率は上がるのですが、業務プロセスの単位が人間の能力ベースのままなら全体的な生産性の向上には限界がある。別の言い方をすると、「点」で改善しても「面」は変わらない。しかし最近注目されているAIエージェントは、この問題を解決する可能性を秘めています。
荒木:AI主体で業務プロセスを見直す必要があるわけですね。従来のツールやRPAだと、作業の自動化で話が終わりますが、AIエージェントは、何をゴールとすべきか、どの順で作業を進めるべきかまで判断して、自律的に業務を遂行できます。我々が注力しているのも、業務プロセス全体をまたいで支援できるAIエージェントの実装です。
藤井:業務プロセスの在り方や組織設計を根本から変える。それがDXの本質だと考えています。
「要件定義は時代遅れ」プロトタイプ・ファーストの威力
荒木:生成AIやエージェントが登場しても、DXの地道なプロセスは変わらないということですね。とても共感します。そもそもどうして弊社に関心を持っていただけたのでしょうか。
藤井:きっかけは、みずほFGのグループ会社であるみずほキャピタルが出資したスタートアップとしてGenerativeXさんの存在を認知しました。実際にお会いしてディスカッションを重ねるうちに、このスピード感と柔軟性なら、みずほの課題にもフィットするかもしれないと感じるようになりました。
荒木:生成AI導入において従来の「要件定義→開発→テスト→本番」といったウォーターフォール型の進め方は時代遅れで、まず動くものを作って現場の声を聞く「体感型」のアプローチが効果的だと考えています。AIエージェントはプロンプトの調整で動作を柔軟に変更できるため、詳細な仕様策定よりも、業務担当者の皆様に率直な意見をいただきながら短期間で改善していく方が良い結果につながります。AI導入は一般的には長期プロジェクトになりがちですが、高頻度の改善サイクルをいかに浸透させるかが生成AI導入の鍵だと思っています。
藤井:確かに従来の手法では時間がかかりすぎる面がありますね。
荒木:その通りです。長期で骨太の計画を立てても、AI技術の進歩が速いため、当初想定していた要件や前提となる技術自体が変わってしまうリスクがあります。技術の変化に私たち自身も常に対応していく必要がありますし、お客様も同様の課題認識をお持ちだと思います。重要なのは、本当に必要とされているものを正確に把握することです。そのために私たちは直接お会いして、じっくりとお話を伺うことを大切にしています。ニーズが明確になれば、生成AIを活用して効率的にソリューションを構築できます。この「課題発見力」こそが、私たちの提供価値の中核だと考えています。
銀行員がAIを駆使してプログラミング:経営陣も巻き込みトップダウンで推進
荒木:AIエージェントをお客様が内製で開発できるように支援し、社内のAI導入速度を加速させることが私たちの目指すところの一つです。
藤井:みずほFGでは内製開発のチームを増強し、AIツールを駆使しながらアプリケーション開発やドキュメント作成を自動化する試みを加速させており、大きな効果が出ています。また、経営陣レベルでもAIエージェント活用の取り組みが始まっています。全社で生成AIを活用していくという経営層の強いコミットメントの表れだと考えています。
荒木:生成AIは金融の世界をがらりと変えつつあります。
藤井:今後は生成AIにより高度にパーソナライズされた資産運用が可能になるでしょうね。その先にあるのがAIエージェントが顧客の代わりに金融サービスを利用する「自律型金融」です。このとき金融機関はAIエージェントに選ばれる存在でなければなりません。自律型金融の時代、我々はどんな付加価値を社会に提供できるのか。まだ答えはありません。しかしAI活用が鍵を握るのは確実ですし、そのためには社内のAI実装能力を高めていくことが必要不可欠です。
荒木:みずほFGが描くAI時代の金融機関を実現するために、一緒に試行錯誤していきたいと思っています。今日はありがとうございました。
あらき・れい◎GenerativeX代表取締役CEO。東京大学大学院工学系研究科修了。新卒でJPモルガン証券入社。投資銀行部門でM&A、資金調達などのアドバイザリーに従事した後、飲食店DX事業のスタートアップ・売却を経て、GenerativeXを創業。
ふじい・たつと◎みずほフィナンシャルグループ執行役員 デジタル戦略部部長 兼 デジタル・AI推進室長。1998年よりIBMにてメガバンクの基幹系開発などに従事。MUFGなどを経て、マイクロソフトで業務執行役員金融イノベーション本部長を務めた後、2023年にみずほFGに入社。25年より現職。



