欧州

2025.08.25 08:30

クリミア半島は本当にロシア「固有の領土」なのか? 複雑な歴史を振り返る

ウクライナ南部クリミア半島ヤルタ近郊の観光名所「ツバメの巣」。2014年9月29日撮影(Getty Images)

ソ連が崩壊すると、東欧からカフカス地方、中央アジアにまたがる連邦内の15の共和国は、独立を問う住民投票を実施した。各共和国の住民は、ソ連の後継国であるロシアに残留するか、新たな独立国家を設立するかの選択を迫られた。その結果、すべての共和国がロシアから離脱し、独立国家を設立することが決まった。

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その1つがウクライナだ。ウクライナは1991年、独立を巡る住民投票を実施した。当時の地元の報道によると、92%を超える有権者がウクライナの独立に賛成票を投じた。その際、クリミア半島でも住民投票が行われ、多数の住民がウクライナの独立を支持した。

ウクライナ議会はその後、クリミア半島をウクライナ社会に統合する取り組みを進めた。クリミア半島には自治共和国の地位が付与され、半島の住民にはウクライナ政府の議事手続きの代表権が与えられることになる。ウクライナ政府はクリミア・タタール人の半島への帰還を促す措置も講じた。ウクライナは「追放された人々の権利」を保護するための一連の法律を施行し、「クリミア・タタール人の社会適応政策」を実施した。

一方、ロシア政府は「クリミア半島はロシア固有の領土」だと公に宣言した。さらに、同国はセバストポリを拠点に黒海艦隊の運用を継続することで、クリミア半島での存在感を維持し続けた。ロシアが2014年に初めてウクライナに侵攻するまで、この状況は続いていた。

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2014年のロシアによるクリミア併合

クリミア半島の状況は2014年に深刻な状況に陥った。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が国際法を無視し、クリミア半島に軍隊を派遣したのだ。2014年2月、徽章(きしょう)を付けない武装兵士がクリミア半島に現れ、現地の政府庁舎や重要地域を制圧した。クリミア半島の政府は強制的に解散させられ、新たな親ロシア派政府が樹立された。

ロシア政府はクリミア半島の帰属を巡り、ウクライナにとどまるかロシアに再編入されるかを住民に問うと表明した。その結果、ロシア政府は住民の97%が同国への再編入に賛成票を投じたと発表したが、米AP通信をはじめとする西側の報道機関は、この住民投票は「不正に仕組まれた」演出だったとの見方を伝えた。国連に加盟する世界100カ国以上が、ロシアによる一方的なクリミア併合は国際法違反だとして認めないと表明した。米国、英国、欧州連合(EU)など西側諸国は、クリミア併合を巡ってロシアに制裁を科した。

それにもかかわらず、ロシア議会は憲法を改正し、クリミア半島はロシア領の一部であるとする条項を盛り込んだ。それ以降、プーチン大統領は同半島がロシア領であるとして、支配権を放棄する意向はないと繰り返し表明している。同大統領はかつて、ロシア政府の公式ウェブサイトに掲載された論考の中で、クリミア半島はソビエト時代に施行されていた「法規範に著しく違反して」ウクライナ共和国に割譲されたと主張。「ロシアは略奪されたのだ」と論じた。

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翻訳・編集=安藤清香

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