意外にも、ヒトラーがネオナチや極右政党の人々と仲良くならないところも面白い。ヒトラーからしてみれば、彼らは本気でドイツのことを考えていない堕落した存在のようだ。既存の勢力に与しないところがますますヒトラーらしい‥‥と言ったらいいだろうか。人々が外国人への忌避感を口にする場面はあっても、ヒトラーの口からユダヤ人排斥が主張されることは巧妙に避けられている。掴めそうで掴みにくいヒトラーのこの政治性には、左派と右派の境目が見えにくくなった現代の政治状況が反映されているのかもしれない。
後半は、犬の件が発覚してテレビを干されるものの、自伝を著して再度人気を取り戻すばかりか、親衛隊を募集し自ら訓練に当たり、サヴァツキの監督で映画にまで出演の運びとなる。転んでもただでは起きず、どこまでも己の信念に従って行動しようとするヒトラーの姿はいかにも場違いで滑稽だが、逆に見ればそれは彼が、ニヒリズムに浸された現代人が失ったものを良くも悪くも保持しているからだろう。
一方でこの一連の流れは、一人の危険な野心家がポップスターになっていく過程そのものでもある。まずあちこちで人々に交わって顔を売り、動画で人気を集め、テレビ出演し、ファンクラブ（親衛隊）を作り、本を書き、映画に出る。おそらく現代のヒトラーも、こうしたさまざまなメディアを味方につけることで作られるに違いない。
本作はヒトラー本人もさることながら、ヒトラーの周辺の人々の描写が興味深い。ヒトラーに人気を奪われて嫉妬するトーク番組司会者のコメディアンは、出演前に顔をドーランで浅黒く塗って、アフリカ系であるかのように装っている。非白人を強調することで、エスニックジョークが得意という芸風を生かそうという姑息な戦略と思われる。
ヒトラーを起用したテレビ局の女性局長ベリーニが失脚した後、後釜に座った競争相手のゼンゼンブリンクは、一時的にヒトラーを失ったことで視聴率を落とす。その退陣間際のシーンが、ヒトラー映画として有名な『ヒトラー ～最期の12日間～』のある場面を模しており、思わず苦笑させられる。
このように、ヒトラーを利用しようとしたザヴァツキをはじめとして、周囲の現代人のせせこましさや私利私欲が描かれることで、相対的にヒトラーが大きな人物に見えてきたりもする。
街を行くヒトラーを恐怖や非難の視線で見る人はほとんどいない。だが唯一、ザヴァツキの同僚で後に恋人になるクレマイヤーの祖母は、会った瞬間にヒトラーを本人と認め激しく食ってかかる。痴呆老人の彼女がそこだけ覚醒するこのシーンは、ユダヤ人家族を殺され怒りと悲しみの中で生きてきた一人の女性の人生が一瞬画面を切り裂いたかのように鮮烈だ。
彼女以外で、最後にやっとヒトラーがその人本人であることに気づく者がいるが、その告発の叫びは封じられる。どこまでも異色の大型芸人として彼を扱い、それで金儲けしようとするテレビ局。そのことを知ってか知らずか、カリスマ的な人気に乗じて”我が闘争”を続行しようとするヒトラー。人々は彼にこぞって檜舞台を用意し、歯に衣着せぬ刺激的なポップスターとして祭り上げた。それは、「我々の中には既にヒトラーがいる」ことを示しているのではないだろうか。
