映画

2025.08.24 15:15

”極右”はポップスターの顔で登場する|「帰ってきたヒトラー」

『帰ってきたヒトラー』発売中 ブルーレイ:¥2,200(税込)DVD:¥1,257(税込)発売・販売元:ギャガ (c)2015 Mythos Film Produktions GmbH & Co. KG Constantin Film Produktion GmbH Claussen & Wöbke & Putz Filmproduktion GmbH

そんな彼を偶然見かけ、まだ売れてないヒトラーのモノマネ芸人だと思い込んだのが、民放のテレビ局をクビになったばかりの青年ザヴァツキ。彼は一言一句、一挙手一投足まで完璧なヒトラーへの憑依ぶり(本物だから当然だが)に感動し、母親のバンを借りてヒトラーをドイツ遊説の旅に連れ出す。

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ザヴァツキの計画は、各地で道行く人々に”ヒトラーの突撃インタビュー”を敢行し、その録画を手土産にしてテレビ局に再雇用されること。もちろんヒトラーにとってはこれは、新たな闘いを前に総統自ら民衆の声を聴くという”政治活動”である。

前半、ヒトラーの言動をめぐっては、随所にアイロニーが散りばめられている。たとえば、クリーニング店に汚れた軍服を持ち込んで断られ、やっとイスラム系の店で受け付けてもらえる場面。排外主義のヒトラーだが背に腹はかえられず、その店でパンツの洗濯まで頼み女性店主に呆れられる。

ホテルで見たテレビ番組の信じられないような飽食や享楽に怒りを爆発させるところはいかにもヒトラーだし、現代ドイツの政党の中では緑の党を支持すると言明するのもある意味ヒトラーらしい。もともと保守党だった緑の党は今は左派で相容れないはずだが、ナチスが初期に自然回帰や森林保護などを謳っていたことを思い出したのだろう。

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一番興味深いのは、ベルリンを出発しバイロイトからミュンヘンを経てベルリンに戻るドイツ縦断の旅の模様だ。突然現れた”ヒトラーのそっくりさん”に驚きながらも、彼のインタビューに応えて政治不信や外国人の多さへの不満を口にする人々。一般の市民の中に、うっすらとした排外主義、人種差別的心情が共有されている様子がうかがわれる。

ちなみに一連のインタビュー・シーンは市民役の俳優や演出などはなく、ヒトラーに扮したオリヴァー・マスッチと市民との実際のやりとりの映像が使われている。虚構と現実の接触面から、現実のドイツ市民の本音が浮かび上がっている格好だ。

かと思えば、犬好きだったヒトラーが自殺する前、愛犬を青酸カリの実験台にしたという史実を彷彿とさせるような場面もある。見る者は、ヒトラーが時折見せる素朴な人間臭さに笑いを誘われつつ、一方で現代の価値観とは真逆の振る舞いに肝の冷える思いをするのだ。このバランスの見せ方が、なかなかに巧妙である。

ヒトラーのヒトラーらしさは、ザヴァツキに連れられて行ったテレビ局で爆発する。極め付けのモノマネ芸人と認定され、早速政治ネタを扱う人気トーク番組に登場した彼は、自分が国内で見てきた貧困、失業、出生率の低下、俗悪なテレビ番組などに強い義憤を叩きつける圧倒的な演説をカマし、満場の拍手を得てしまう。不安になるほど長い沈黙で場を制圧した後に、一気に独壇場に持ち込むこの空気作りの巧みさこそが、彼を独裁者に押し上げたのだと改めて思わせるような場面だ。

疲弊した社会で人々は、思っているが口にしにくいことを、力強く感情に訴える言葉でズバリと断言してくれるヒーローを求めている。ヒトラーがまたたく間に現代のメディアでスターになっていくさまは、まさに1920~30年代に彼がドイツで国民的人気を獲得していった状況と重なるだろう。実は筆者も、このヒトラーの思いがけない”成功”に、ヤバさと同時にどこか痛快さを覚えてしまったことを告白しておく。

『帰ってきたヒトラー』発売中 ブルーレイ:¥2,200(税込)DVD:¥1,257(税込)発売・販売元:ギャガ (c)2015 Mythos Film Produktions GmbH & Co. KG Constantin Film Produktion GmbH Claussen & Wöbke & Putz Filmproduktion GmbH
『帰ってきたヒトラー』発売中 ブルーレイ:¥2,200(税込)DVD:¥1,257(税込)発売・販売元:ギャガ (c)2015 Mythos Film Produktions GmbH & Co. KG Constantin Film Produktion GmbH Claussen & Wöbke & Putz Filmproduktion GmbH
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文=大野左紀子

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