世界30の国と地域で、丸亀製麺をはじめとする約20のブランドを2,000店舗以上展開するトリドールホールディングス(HD)。その成長を支える業務改革を推進しているのが、同社執行役員CIO/CTOの磯村康典だ。磯村は2020年に、業界を代表するクラウドERPの「Oracle NetSuite」の導入を決定し、業務改革を加速させた。
磯村と日本オラクル執行役員NetSuite事業統括日本代表カントリー・マネージャーの渋谷由貴が、DXや業務改革の要諦について語り合った。
日本企業特化のシステムでは困難な
複数地域にまたがる管理
磯村康典(以下、磯村): 2年ほど前、幹部メンバーで経営理念を見直し、「お客様に感動体験を提供する」という想いをあらためて言語化しました。「食の感動で、この星を満たせ。」というスローガンにもその想いが込められています。店舗数が急拡大するなか、お客様の感動体験を支えるためにはより収益力が高い構造をつくる必要があり、そのために不可欠なのがDXでした。価値創造モデルを実行するための基盤を支えると同時に、経営戦略やサステナビリティ戦略でもあります。
渋谷由貴(以下、渋谷):そのDXを推進してこられたのが磯村さんですが、トリドールHDにおいてCIOとは、どのような役割を担っているのでしょうか。
磯村:私が着任したときにはじめてそのポストが設置されたので、CIOの役割は自分で決めてきました。最初は IT担当役員といった漠然とした位置づけでしたが、業務を改革して利益率を向上させることが私の仕事だと思っているので、デジタル活用の有無に関係なく、それぞれの部門の業務効率化に努めています。デジタルを取り入れながらBPOベンダーも活用することで、本社業務をなるべく軽くしてきました。
渋谷:経営視点でDXを主導してこられたわけですね。
磯村: ITコストだけではなく、人件費や外部委託費をすべて合算したものが業務コストであり、それを適切にマネジメントしていくことが重要だと思っています。人件費を減らすことはなかなかできませんが、BPOは外注費なので、調整がしやすい。会社が次の売り上げ規模のステージに上がったときに、業務コストの内訳が変わったとしても精度が上がっていることが理想なので、IT投資に力を入れてBPOとのセットで業務改革を進めています。そうすることで、規模を拡大したときに高い効率を維持できるからです。
ただし、業務をBPOベンダーに出す際には慎重に進めました。当時の担当者たちには「もう少し上のレイヤーの業務をやりませんか」と提案してモチベーションを失わないようにしたり、本人がどうしても今の業務をやりたい場合は、転籍のパスを用意したりしています。
渋谷:売上規模が拡大を続けるなか、その4割を海外で稼いでいるとうかがっています。トリドールHDはもはやグローバル企業だと思いますが、成長を続けていくなかで、どのような課題がありますか。
磯村:私は、グローバル企業の定義を高い成長性と収益性を兼ね備えた企業ととらえていますが、外食産業はなかなか利益率が上がりにくい業種です。ただ成長という観点でいうと、当社はかなりのペースで出店を続けています。いかに収益性を上げていくかがカギであり、本社業務の効率化が課題です。
渋谷:業務効率化の施策のひとつがNetSuiteの導入ですが、なぜ既存のシステムから切り替える必要があったのでしょうか。
磯村:理由は2つあります。1つは、今まで使っていたシステムは日本の会計基準にしか対応していなかったため、30の国と地域にまたがる業務の管理が困難でした。もう1つはオンプレミスのシステムの限界です。保守や点検にエンジニアの対応が必要なオンプレミスは、運用に大きな手間とコストがかかります。そこでタイムリーにシステムを変更できる、SaaSに切り替える必要があったのです。グローバルかつクラウドERPとなるとNetSuiteが私たちにとっての唯一の選択肢でした。
渋谷:実際に導入してみていかがですか。
磯村:コスト削減の効果は大きいですね。クラウドERPのNetSuiteは、設備投資が不要で、導入費用は作業費のみ。運用コストも会計処理上は費用化できるため、バランスシートも軽くなります。加えて、リアルタイムで経営データを把握できるので、経営判断のスピードが向上しました。
渋谷:私が驚いたのは、磯村さんが社長ら経営陣と同じ目線におられることです。得てしてIT部門の担当の方は、「経営陣をなんとか説得してシステムを導入することができた」とおっしゃることが少なくないのですが、磯村さんの場合は全くそれがないですよね。
磯村:社長に反対されたことがあまりないので、説得を頑張ったことはありません(笑)。反対されるのは、自分たちのやりたいことを押し付けようとするからではないでしょうか。私は自分がやりたいことというよりも、「経営者が業績を上げるためにやりたいこと」を意識しています。それを現代のテクノロジーで実行するだけであり、NetSuiteは簡単に導入できるツールです。
渋谷:磯村さんには、業務をシステムの標準に合わせることでスムーズに運用していただいています。それは磯村さんの視点が「今までやっていたことをそのままやろう」というのではなく、「必要であれば、システムに合わせてやり方を変えてもいい」と柔軟に考えておられるからです。一方で、従来のシステムの使い勝手がよく、そのやり方をNetSuiteに実装しようとするケースもあります。その場合、カスタマイズをしなければならないですし、自動のアップグレードができなくなってしまい、利用するメリットが薄まってしまいます。
磯村:線引きの仕方を考える必要があると思います。例えば、伝票入力の仕方に会社独自のノウハウはありません。伝票入力が早いからといって利益が上がるわけじゃないし、逆に手で打たないほうが速くて正確なはずです。「システムの標準に業務を合わせていく」という言い方をすると現場が抵抗するかもしれませんが、「自動仕訳などによって会計を電子化する」ということをゴールに設定すれば、決算業務が楽になるので、経理担当者は反対しないはずです。
従来のやり方をそのまま焼き直そうとするのであれば、システムは導入しないほうがいいですし、DXの必要もありません。当社の場合、非常に高い目標を掲げているので、今までのやり方ではダメだと誰もが理解しています。中小企業でも高い志をもつ社長であれば、同じことができるはずです。
渋谷:私たちはトリドールHDのような大企業だけでなく、まさに中堅・中小企業や成長企業もご支援しています。NetSuiteは、企業の成長に合わせて拡張していくことが可能です。今日の状況と1年先や10年先が同じはずはなく、例えば現在従業員が10人だったとしても、10年後には200人になっているかもしれません。NetSuiteには、そうした規模の変化に対応できる拡張性があります。また、業種や業態も10年後には変わるかもしれない。そうした変化に対応していく柔軟性もNetSuiteは備えています。
磯村:私たちの例でいうと、拡張はユーザー数だけに限りません。例えば1,000店舗のデータを処理しようとしたら、1日だけでも相当なトランザクションがあるので、同時に処理できるデータ連携の数を増やしていただきました。法人の数が増えても、それを増やせば簡単に対応できるのも魅力です。
財務会計の指標をAIが的確にサポート
渋谷:NetSuiteは、AIの実装にも力を入れています。強力なAI機能が膨大なデータを競争優位性に変え、業務効率化や成長に必要な洞察をご提供します。磯村さんは今後の戦略を考えていくうえで、AIはどのような役割を果たすとお考えですか。
磯村:当社がコアにしている感動体験を提供するのが誰かというと、人です。この部分はデジタルに置き換えられないですし、AIの活用も、この部分以外のマネジメント業務に限定しています。生成AIの使い方についても、私たちはいろいろと試行錯誤しています。しかし、財務会計について尋ねたときにいちばん正確に答えてくれるのは、NetSuiteだと思っています。例えば経営のトップが「昨日のあの店の売上はどうだったっけ?」と聞くとAIがすぐさま正確に答えてくれるのは、非常にありがたいことです。
渋谷:さらにNetSuiteには、異なる国や地域の事業を一元的かつ迅速に統合し、多言語、多通貨の展開と各国会計基準対応が容易に展開できるツールがあり、トリドールHDにもお使いいただいています。
磯村:香港に会社を設立した際は、そのツールのおかげで会計システムを1カ月で立ち上げることができました。今後は、すでに展開している国と地域でも随時、NetSuiteに置き換えていきたいです。
渋谷:NetSuiteは拠点の追加が容易で、グローバルでのIT運用コストの抑制を実現できます。トリドールHDの課題は、規模の大小に限らず多くの日本企業が抱えている課題であり、拡張戦略のベストプラクティスとして参考にしていただけるのではないでしょうか。
磯村:当社は、28年までに2,600店舗を展開することを目標に掲げています。この急速な成長を支えるのは、リアルタイムの財務統合と組織全体の可視性向上を実現するソリューションです。NetSuiteが組織の生産性を向上させ、より円滑な事業運営を支える会計基盤として機能することで、当社は低コストで海外店舗や現地法人を新たに設立し、グローバル展開を加速させることができると確信しています。
日本オラクル NetSuite事業統括
https://www.netsuite.co.jp/
磯村康典◎トリドールホールディングス執行役員CIO/CTO。大学卒業後、富士通へ入社しシステムエンジニアとしてのキャリアを開始。ソフトバンク、ガルフネット執行役員を経て2012年、Oakキャピタル 執行役員に就任し、事業投資先であるベーカリーやFMラジオ放送局等の代表取締役を務めながらハンズオンによる経営再建に従事。19年にトリドールホールディングスに入社し現職。Forbes JAPAN CIO AWARD 2023-24にてITシステム賞を受賞。
渋谷由貴◎日本オラクル執行役員NetSuite事業統括日本代表カントリー・マネージャー。富士通、三井物産でのセールス経験を経て、日本マイクロソフト、オラクルマーケティングクラウドでマーケティング、ビジネスディベロップメント、セールスマネジメントを歴任。Amazon Web Services(AWS)エンタープライズクラウドセールス統括を経て、2023年7月より現職。



