プライバシー侵害から年金問題まで AIが暴く企業の不正
Darrowのモデルは現在、さまざまなタイプの潜在的な違反を見つけ出しており、その多くはデータプライバシーに関わるものだ。かつてDarrowは、ある病院が消費者の病状や症状といった機密性の高い患者データを、グーグルやフェイスブックなどのオンライン広告業者と共有していたことを突き止めた。また同社は、雇用主が401(k)年金プランの中で、投資成績がふるわない手数料の高い投資信託を従業員に提供している事例を定期的に発見している。このような行為は、民間の事業主が提供する退職年金制度の基準を定めた1974年制定のERISA法に違反する可能性がある。
Darrowのテクノロジーは、自社開発のモデルとOpenAIやAnthropicといった企業の基盤モデルを組み合わせ、それを法規則に特に大きな重みを与えるよう調整している。弁護士に集団訴訟のアイデアを提示する際には、何人の消費者が被害を受けたのか、和解金が数百万ドル(数億円)規模になる可能性がどれほどあるのか、そして勝訴の見込みがどの程度かを算出する。
Darrowの社員の多くは、研究開発に携わる技術者だが、同時に法学の訓練も受けている。「うちの人材は奇妙なハイブリッドだ。典型的なイスラエルの元情報部員や8200部隊の出身者で、その後ロースクールに進んだような人材を思い浮かべてほしい」とアルツィは言う。同社は、四半期ごとに100〜200件の新たな案件を見つけ出すことを目指しており、法律事務所に対して根拠の薄い訴訟を持ち込むことは避けていると強調している。
報酬分配をめぐる倫理論争
Darrowのビジネスにおける収益分配の仕組みが、弁護士や法律事務所といった顧客にどの程度嫌悪感を与え、結果的に同社の成長を妨げるのかを見極めるのは難しい。こうした行為を禁じる倫理規則は1980年代に米国の州弁護士会によって正式に採用されたもので、その背景には、非法律事務所の企業は、金銭的利益を最優先し、最終的な依頼人の利益を守る倫理的義務を負わないのではないかという懸念があった。その後、この規則には、プエルトリコやワシントンD.C.、ワシントン州、ユタ州、そしてアリゾナ州では改正が加えられており、ビベンズが収益分配について公然と語ることに抵抗がない理由となっている。非弁護士との報酬分配は英国やオーストラリアでも合法とされている。
しかし米国では、依然として一部の弁護士にとってこの慣行はタブーとなっている。取材に応じたある弁護士は、この収益分配の仕組みが理由でDarrowと組むことを断念したと語った。
ビベンズは、そのような偏見は的外れだと考えている。彼は、ビジネス側が弁護士の仕事に干渉しないようにすれば、収益分配を行う法律事務所も容易に倫理規範違反を避けられると述べる。「もし非弁護士に、依頼人の最善の利益を判断する私の決定に影響を与えさせるようなことがあれば、私は弁護士資格を剥奪されるだろう。弁護士には依頼人に対する独立した義務があり、それを妨げることは誰にもできないのだ」と彼は語った。
Darrowだけではない AI訴訟支援サービスの広がり
コロラド州ボールダーに拠点を置くスタートアップJustpointも、大規模言語モデル(LLM)とAIを用いて訴訟のアイデアを探している。ただし対象は異なる。2018年に生物医学の博士号を持つヴィクター・ボーンスタインによって共同創業された同社は、数百万件の医療記録を分析し、医薬品があまり知られていない有害な副作用を引き起こしているケースを発見する。
また、Justpointが注力するのは集団訴訟ではなく「マストート(mass torts)」と呼ばれるタイプの訴訟だ。これは消費者がさまざまな程度で被害を受け、原告ごとに補償額が異なる訴訟を指す。マストートの和解金は、集団訴訟よりも大きくなることが多い。たとえば、アスベスト被害者をめぐる数十年にわたる訴訟では、総額数百億ドル(数兆円)の和解金が積み上がることになる。
Justpointは、弁護士報酬の分け前を得るために異なるアプローチを取っている。同社はアリゾナ州に自前の法律事務所「Justpoint Law」を設立。260人規模のテック企業であるJustpoint本体は、弁護士2人を含む従業員わずか4人のこの法律事務所にのみ、案件を紹介する仕組みだ。
ボーンスタインによれば、同社はこれまで1万3000件の請求を含む6件のマストート訴訟を起こしており、これまでに和解に至ったのは「ごく一部」にすぎないが、1件あたりの平均和解額は35万5000ドル(約5218万5000円)に達している。半年前、ボーンスタインはJustpointのシリーズAラウンドで4500万ドル(約66億円)を調達した。
マストートと企業向け市場への拡大
一方、Darrowのアルツィは、集団訴訟のみにとどまるつもりはなく、現在はマストートへの拡大を試みるとともに、同社の「リーガル・インテリジェンス」を大企業に販売しようとしている。ただし、これは容易な仕事ではない。ルイスによれば、企業は一部のリスクについては知りたいが、すべてを知りたいわけではない。なぜなら、違反を把握した時点で、それを是正する法的義務が生じるからだ。
さらに、Darrowのサービスを契約する企業は、厄介な現実も受け入れる必要がある。Darrowが重大な不正を発見した場合、その情報は自社だけでなく、自社を訴える可能性のある法律事務所にも筒抜けになるリスクを抱えることになるのだ。


