栄光のあとにあった挫折
そこから全米放送のコンテスト番組「Showtime At The Apollo」に出演し、マイケル・ジャクソンを超える歴代最多となる9大会連続優勝を果たし、殿堂入りチャンピオンになりました。番組の影響力はものすごくて、街を歩くと「ユーアーチャンピオン! TAKAHIRO!」と声をかけられ、ダンスの仕事が入るようになった。でもダメだったんです。僕のダンスは自己流で、ダンスの基礎を何も知らなかった。ジャズのステップも知らないし、「ヒップホップの基本の動きをして」と言われてもできない。スペシャルなものだけ持っていても他のダンサーと共有できるステップを知らなければ仕事にならないんです。あっという間にクビになりました。
「これではいけない!」とダンスの専門学校に毎日通い、ジャズやバレエ、タップダンスやピラティス、ストリートダンスなど、恥をかきまくりながら、あらゆるジャンルを習いました。3年かかってやっと自分の「スペシャル」を支える土台が出来て、そこからマドンナのワールドツアーのバックダンサーに参加することもできた。29歳のときです。普通は下積み→結果だと思うけど、僕の場合は結果→下積み、の順で自分を支える円錐形の柱ができた感じです。
3年間くじけずに学べたのは、ひとえにコンテストで自分が負かしてきた人々の顔が浮かんだからです。自分は世界中から来たダンサーと闘い、勝ち進んできた。でも彼らは誰ひとり「なぜ、お前なんかに負けたんだ」などと言わない。涙を流しながら手をつないで「やっぱお前、すごいわ。頼んだぞ」と言ってくれる。そんなこと言われたら帰れないですよ。彼らに「俺が闘ったやつは、やっぱりすごいやつだった」って思われなければいけない。その思いで粘り続けることができた。


