アポロ・シアターで審査員から怒られた
でも大学卒業後の進路はやっぱり「就職」という流れになりますよね。当時、ダンサーを仕事にする選択肢はほぼなかった。ダンサー仲間もみんな「教師になりたい」「漫画家になりたいからデザインの学校に行く」「農業を継ぐ」と言う。でも自分にはダンス以外、やりたいことがなかったんです。
「どうせモヤモヤと就職するのならば、ダンスで最後の挑戦をしよう。最強で最高のところを体験して終わろう!」と調べたら、ニューヨークの「アポロ・シアター」にアマチュアナイトというコンテストがある。「よし、そこに行こう!」と決めました。でも当時アルバイトをしていた会社の先輩が「上野、一度就職はしたほうがいいよ。社会勉強してから羽ばたくべきだ」とアドバイスをしてくれて、その会社で約1年間、契約社員として働かせてもらいました。そしてついに23歳の冬、2004年の12月にアメリカに行ったんです。
でもニューヨークに着いて早々に泣きました(笑)。あてもないし、英語もまるでダメ。どこに行って何をすればいいかもわからない。それでも『地球の歩き方』を見ながら電車を乗り継いで「アポロ・シアター」に行き、受付の人に「アイ・ウォント・オーディション」という紙を見せたら日にちを教えてくれた。先着1000人をテストして300人受かったところで締め切りだ、というので朝早くオーディションの列に並びました。「もう自分の人生すべての集大成を見せる!」という気持ちで、当時好きだったヴェルディのクラシック曲「レクイエム」を爆音で流しながら、踊りました。
踊り終わったら審査員のひとりが「こっちへこい」と手招きをした。「え? 受かったのか?」と思ったら、めちゃくちゃ怒っているんです。「ここはヒップホップの聖地だ! お前はなぜクラシック曲をかけるんだ? それにそのダンスのどこがヒップホップなんだ? こんなアンリスペクトなやつは許せない!」と。「もちろん不合格だ! 帰れ!」と言われたんです。
そしたら審査委員のひとりが「ちょっと待って」と止めた。「彼はなにかおもしろいものを持っている気がする。あなたの良さはそのままにして、ヒップホップをリスペクトした作品に作り替えられるなら、合格にしてあげる」と。英語は全然わからなかったですが、なにかこの人はチャンスをくれようとしているぞ、と必死に「イエス! イエス!」と答えました。そして2カ月後、再挑戦のチャンスを掴んだんです。


