ステーブルコインは現状ではほとんどが暗号資産取引に使われているものの、決済業界に革命的な変化をもたらす潜在力を秘めており、この点は驚くべき点だ。ステーブルコインによる送金はほぼ即時に完了する(銀行システムでは1〜5日待たされる)。取引手数料も非常に安く、国境を越えた決済を従来より容易にするだろう。事実、ステーブルコインによる取引の規模は、クレジットカード大手の米ビザや米マスターカードに迫りつつある(なおビザは自社に暗号資産・ステーブルコイン部門を持っている)。
市場や政治の世界では、新しいものを何でも古い問題の解決策と見なしたがるものだが、ステーブルコインもその例に漏れず、米国債の新たな需要源、米国の政府債務を支える新たな経路などとして促進されている。
だが、これは危うい考え方だ。たしかにステーブルコインは旧来の金融世界(米国債)と新しい金融世界(分散型金融=DeFi)をつなぐデジタルの架け橋になるものの、その成長は“尻尾が犬を振る”ような本末転倒の事態を招きかねないからだ。どういうことかというと、たとえ個々のステーブルコインが米国債に100%裏づけられ、「安定」したものであっても、そのネットワークを支えるインフラや人間、そして暗号資産の世界は安定したものとは限らないのだ。
ステーブルコインにはいくつかのリスクがある。
ひとつは、一般に「悪貨は良貨を駆逐する」という表現で知られるグレシャムの法則に関連したものだ。16世紀の銀行家や商人には、(額面は同じでも)質の低い金属を含む硬貨を取引に使う誘因があった。同様に、一部のステーブルコイン発行者も、信頼できる資産による裏づけを部分的なものにしたり、「良質な資産」による裏づけの割合を偽って報告したりする誘因がはたらくだろう。そして、景気後退(リセッション)や金融危機といった事態の際にこれらの資産の「現金化」を迫られた場合、ステーブルコインのいくつかは銀行の取り付け騒ぎのようなかたちでいとも簡単に暴落し、その影響は業界全体に波及するおそれがある。
そうした事態も想定して大手のステーブルコイン発行者は、コインが安定した資産に裏づけられているという確かな証拠を確保すべく、中央銀行の規制を受け入れる可能性もある。しかし、その引き換えに求められるもの(ステーブルコインの利用者に関する詳細な情報を提供すること)は、彼らにとって受け入れがたいかもしれない。
また、あらためて振り返っておくべきなのは、暗号資産の世界では過去5年ほどの間にさまざまなスキャンダルが起こり、多くの取引所が破綻したり、規制当局によって閉鎖されたりしてきたことだ。その意味で、ステーブルコインのシステムには本質的にカウンターパーティーリスク(取引相手の破綻リスク)がつきまとう。さらに言えば、暗号資産のウォレットや秘密鍵の紛失や盗難は、ステーブルコインのシステムをきわめて脆弱にする要因であり、金融機関がセキュリティーへの投資をさらに増やしているいまの時代、その弱点は際立っている。


