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2025.08.27 16:00

アートが拓くビジネスの扉 未来型ミュージアムの可能性

大阪・関西万博開催とともに、文化施設のあり方が改めて問われる今、大阪市博物館機構理事長・真鍋精志(以下、真鍋)が考える博物館・美術館の未来像とはどのようなものか。

従来の「記録と保存」という役割を超え、「対話」や「新たな価値観の発信」を担う文化拠点としての可能性に焦点を当てて、その先進的なビジョンに迫った。


「大阪の都市格向上と文化力発信」を掲げた「大阪市ミュージアムビジョン」(2016年策定)を土台に、2019年4月に誕生した地方独立行政法人「大阪市博物館機構」。大阪市が設立した、6つの博物館・美術館を横断的に運営する日本初の仕組みだ。

その舵取りを託されたのが、JR西日本社長などを歴任した真鍋だ。25年の大阪・関西万博に向けては、各館の代表的収蔵品約120点を「大阪の宝」として選出し、その宝をWEB上で公開する「大阪博」プロジェクトを始動するなど、同機構はすでに力強い一歩を踏み出している。

科学と美術でゴッホを観る、都市の知的インフラ

「学生時代に東京藝術大学の近所に下宿していたこともあり、美術館にはよく訪れていたのですが、芸術に関してとくに詳しいわけではないので当初は理事長の就任の打診を固辞していました。ところが『100%民営ではないですが、行政から一定の距離を保つ独立行政法人を立ち上げるのであれば、かつて国鉄民営化のプロセスを経験した人間が適任ではないか』と説得されて、19年4月、タイムリミットぎりぎりの段階で引き受ける決意をしました」

受諾すべきかどうかを考えるなかで、真鍋の頭のなかにふと思い浮かんだのが、海外出張などで訪れた各地での博物館・美術館のあり方だった。

「日本では特別展の時だけ来場者が殺到し、常設展の時期は閑散としていることが多い。一方、海外の館はもっと日常に根差していて、人々がゆったりと過ごす都市生活の一部として機能していると感じました」

機構誕生のきっかけとなった「大阪市ミュージアムビジョン」は、ただ鑑賞して楽しむだけの博物館・美術館ではなく「都市の文化拠点」となることを目指している。具体的には3つの目標(①大阪の知を拓く、②大阪を元気に、③学びと活動の拠点へ)がある。

「ビジョンはよくできていると思うのですが、『都市の文化拠点』という表現はどこか日本的で、知識を得るために行く場、教育の場など、堅苦しい印象がある。もっとカジュアルに『何かを感じる時間』『考える時間』をもつことができる、生活の延長線上の『都市の知的インフラ』となるのが理想だと感じました。その実現のためになら、がんばれると思えたのです」

ただ実際に引き受けてみると、大阪市に準拠した規程等が多く、6館を一体的に運営するための基礎的な体制づくりなど、さまざまな実務改善に時間を要し、気が付けば5年の歳月が過ぎていたという。

「実際に各館を視察すると不思議なことに気づきました。どの部屋を覗いても、皆自分の専門にかかりきりで隣の人と話しさえしていない。これではダメだと。まず多様な分野を専門とする学芸員の相互理解や研究発表の場として『TALK&THINK』を導入しました。学芸員のコミュニケーションからスタートすべきと感じたからです。それができなければ、全館を横断した取り組み、経営会議のあり方や評価制度の改革なんてとても無理だと思ったのです」

「TALK&THINK」とは、学芸員が自らの言葉で研究成果や展覧会の舞台裏を一般の視聴者に向けて語り、共に“考える”ことを目的とした動画配信シリーズだ。

面白い事例として、ゴッホが描いた夜空の絵画を見て、科学館のプラネタリウム担当の学芸員が天文学の立場から、絵に描かれた星の位置が正しいかという検証を始め、あるはずのない星が描かれていることを発見し、ゴッホの手紙から宗教心の影響も見つけられたという発表があった。

「こうした専門領域を横断したコミュニケーションによる発想の飛躍や学芸員同士の対話による深化が、芸術の役目ではないのだろうか。『新たな価値観の発信』を担う文化拠点の起点の萌芽を感じた瞬間でした」

映画を観れば、恐竜の骨格に疑問を感じる人もいる。今までとまったく違った視点で物事をとらえるインスピレーションを得ることも、博物館・美術館の機能だと真鍋は思うようになる。

「ただ、6館一体運営が行われているという事実は、大阪市民にはそれほど浸透していません。お客様にとっては、来場時に学芸員が鑑賞の助けとなる説明をしてくれればよいのですから。それよりも内部の問題として、説明する職員同士が知見を共有すれば、お客様に向けてよりインスピレーションを掻き立てる説明ができるようになるはずです」

美術館内でひとりで考える豊かな時間を持つことができる。それをよく静けさのなかでの『内省』や『瞑想』と表現されることが多いことに、真鍋は違和感を感じていた。

「絵画を眺める時間は『静かな“(現在からの)離脱”』であり『保留』『逸脱』に近い。つまり自身の『時間のもち方を変える』ということだと思うのです。そこは参加する場所であり、忘れていた感覚が立ち上がってくる場所。

ビジネスにアートが大切だといわれますが、ビジネスに必要な意思決定やアイデアは自分自身のなかに『すでにある』ことが多く、博物館・美術館はそれを想起させる知的インフラであり、時間と空間を提供できる場所だと思います。

さまざまなインスピレーションによって人々を刺激し、生まれた疑問や対話、議論へとつながっていく場所。『共感を起点とした、思考や創造の触媒』『未来へのインキュベーター(新しいアイデアを提供する空間)』であるべきなのです」

真鍋精志 地方独立行政法人 大阪市博物館機構 理事長
真鍋精志 地方独立行政法人 大阪市博物館機構 理事長

大阪・関西万博とは何だったのか。レガシーについて思うこと

真鍋は大阪・関西万博のレガシーについても言及する。それは単なる遺産の展示、保存では意味がないし、必ずしも土地や建物の問題ではないと強調する。

「万博をきっかけに大阪市内へ人をどう呼び込むか、文化施設や博物館・美術館への来館促進について、もっとできることがあったのではないかと考えています。ただ万博終了後も、大阪の都市としての魅力が下がるわけではありません。

万博の記憶や共感、対話、新たな問いこそがレガシーであり、未来を探る実験場だった万博は、機構が手がけた『大阪博』『大阪の宝』にとっても、『次のことを考える共創の実験場』として、『市民や社会に関わる都市のインフラ』としての機能を磨いてくれました。

そこから都市の活気が持続し、市民や経済界が一体となって知的好奇心や学びの場として大阪の未来づくり・まちづくりにつなげていけるのなら、それこそが真の万博のレガシーなのではないでしょうか」

「過去の遺産の倉庫」ではなく、未来志向のプラットフォームとしての役割にシフトすべきではないか。万博を契機として、博物館・美術館、そしてそこに属する学芸員の役割・機能を再定義すべき時期にきていると真鍋は考えている。

「知価社会」が描く未来

そのうえで、閉塞と混乱の時代を突破するには、堺屋太一が「三度目の日本」で説く「知価社会」への移行が必要だと真鍋はあらためて強調する。

知価社会とは、人の知恵や創造性、多様な視点や経験といった「知」の営みが、経済や社会の根本的な価値の源として位置づけられる社会だ。これは、単にモノから情報へと重視する対象が変わったというだけではなく、社会全体が「何を価値とみなし、何を基準に動くのか」という考え方そのものが変わることを意味する。

つまり「知価社会」は、社会や文明を支える基本的な前提の価値の置き方が転換した、パラダイムそのものということ。トランプ現象に象徴される分断や混乱も、こうした新しい社会のあり方を視野に入れることで解決を目指せると見ている。

「突破口は、ビジネスとアートが接近することにあると考えています。今はロジカルシンキングだけでは限界が見えている局面です。複雑な現代の問いに答えるには、アートがもつ創造性やイノベーションの視点が不可欠です。だからこそ、デザイン経営や感性価値の創出、CSRや文化支援、観光やまちづくりとの連携などを通じて、アートはビジネスに新しい環境変化をもたらせるのです」

真鍋によれば、アートは創造性を涵養し、唯一の正解がない問いに向き合う力を育てるだけでなく、矛盾や葛藤を受け入れる感性を磨き、複雑で不確実な状況において対話を通じて平和的な解を導くための想像力を与えてくれる。また、サステナビリティ経営やパーパス経営が重視される今、アートは自社の存在意義や社会との関係性を再考する機会を提供する役割も果たす。

さらに、多様な価値観や異なる視点が交差する場をアートが生み出すこともある。対話を促し、多様性の受容につながるとともに、物語性や世界観を通じてブランド力を深め、顧客との共感を新たに築くこともできる。

こうした力が交わることで、情報や論理だけではとらえきれない人間の感性や創造力が生かされる社会に近づいていく。こうした「知」と「感性」の融合こそが、大阪・関西万博後の大阪、ひいては世界が抱える課題の解決にもつながると真鍋は確信している。

最後に真鍋に将来展望を聞いた。

「重要なのは博物館・美術館が今よりももっと深く市民との接点となり、くつろげる場所であると同時に『持続的な生活と文化の将来を語れるブリッジ』となることです。その実現には、単なる知識の提供にとどまらず、人間の感性や創造性を伴った「知」の価値を伝えることが欠かせません。学芸員がその専門性を活かして、情報と知の橋渡しを行う役割を果たしていくことが重要です。

そのためにもっと、グローバルのなかでの大阪を意識し、地域の人々やインバウンドを引きつける仕組みをつくる議論を大阪市博物館機構の職員全員が深めていく必要があると思います」


大阪の宝
https://osakahaku.ocm.osaka/about/


真鍋精志(まなべ・せいじ)◎香川県出身の71歳。1976年に東京大学法学部卒業後、日本国有鉄道に入社。JR西日本(西日本旅客鉄道)代表取締役社長、会長を経て現在はJR西日本相談役。大阪市博物館機構理事長を務めるとともに、せとうち観光推進機構会長でもある。

Promoted by 大阪市博物館機構 | interview by Hiromi Kurosawa | text by Ryoichi Shimizu | photographs by Shinichi Yamaguchi | edited by Akio Takashiro