野心が有害になるとき
野心は、有能なリーダーに不可欠な特性として広く認められている。だが、制限を受けない野心は、倫理的配慮を欠いた有害な行動へと人を駆り立てる場合がある。
成功への飽くなき欲求だけに突き動かされたリーダーは、しばしば行動の指針とすべき境界線を見失う。彼らは、ビジネスにおける上位目標の達成を口実に、有害な行動を正当化するかもしれない。例えば財務的目標の達成や、競争力の維持を口実とした意思決定の結果として、搾取的な操業慣行がはびこったり、社員のウェルビーイングが完全にないがしろにされたりしかねない。
このような事態を防ぐため、会社側は積極的な対策を取らなければならない。企業としての価値観を明確に定義し、それをすべてのレベルのリーダーたちに対して、一貫して伝える必要がある。リーダーの評価にあたっては、何を達成したかだけでなく、どのような手段で達成したかも考慮する必要がある。倫理原則を業績評価に組み込み、責任ある意思決定に焦点を当てた研修プログラムを提供することは、リーダーの野心が破壊的な領域に入り込まないようにする上で重要だ。
従業員側も、自分たちのリーダーに責任ある態度を保持させる上で、重要な役割を果たすことができる。企業が掲げる価値観や倫理に反する行動が認められた場合に、懸念の声を上げるという役割だ。
有害な行動が実行されるかどうかは、しばしば社内文化にも左右される。結果至上主義の大きなプレッシャーがかかる環境において、リーダーは強要めいた非倫理的手法を用いて目標を達成することを正当化しがちだ。こうした傾向は、雇用者側が非現実的な目標を掲げる場合や、大きなプレッシャーが役職を問わずすべての社員に犠牲を強いることを適切に認識していない場合に、さらに顕著なものになる。
バランスと持続可能性のカルチャーを培い、目先の利益よりも長期的成功を優先することで、有害な野心に付随するリスクを緩和できる。
有害なリーダーシップを助長するシステム
個々のリーダーの意図が極めて重要なのは間違いないが、組織のシステムそのものが、図らずも悪質なリーダーシップを助長することも珍しくない。多くの企業は、社員に自らの行動の説明責任を果たさせることに失敗し、長期的な誠実性や持続可能性よりも、短期的成功を評価するという罠にはまっている。
プロフェッショナルな職場環境の多くを特徴づける、ヒエラルキー構造や厳しい業績指標は、倫理性の疑わしいリーダーを擁護し昇進させるように働くことがある。システムが透明性を欠き、権力の過度の集中を許すものである場合、実質的にこうしたリーダーに搾取の機会を提供してしまう。
例えば職位の低い社員は、上司から直接の報復を受けることや、職場でつまはじきにされることを恐れて、懸念を表明することはできないと感じるかもしれない。
こうした問題に対処するため、会社側は匿名の報告メカニズムを導入し、内部告発者が適切な保護を受けられるように準備する必要がある。こうしたメカニズムは、社員がネガティブな結果を恐れることなく、自信をもって声を上げられる環境を整える上で不可欠だ。
文化的規範もまた、有害なリーダーシップを助長する決定的な役割を果たすことがある。こうした規範はしばしば、異論や反論を抑圧し、倫理に反する行動を報告することを部下に思いとどまらせ、リーダーシップの失敗を目撃した人々に盲従を促す。人事担当部署や幹部社員は、開かれた対話を積極的に促進する責任がある──懸念を表明することは安全で、むしろ推奨される行為であるという認識を浸透させる必要があるのだ。
レディング大学ヘンリー・ビジネススクールの講師で、リーダーシップ・組織行動を専門とするシネム・ブルカンは、有害なリーダーシップの悪循環を温存させるシステムを解体することが重要だと力説する。同氏の研究からは、採用と評価の手法を改善することに加えて、企業が透明性や説明責任、倫理的ガバナンスにコミットすることの重要性が明らかになっている。


