高価な遺伝子治療から安価で安全な投薬への戦略転換
彼女の最初の構想は、大型犬の老化を抑えるために成長ホルモンを阻害する1度きりの遺伝子治療注射薬を開発することだった。しかし遺伝子治療は途方もなく高価で、犬の飼い主に大きな負担になる。1度きりの注射は万一の場合のリスクも大きい。「その注射が、たとえ1000分の1の確率であっても命を奪う可能性があるなら、私は自分の犬に打ちたくない」と彼女は漏らす。
そこで彼女はアイデアを白紙に戻し、遺伝子を恒久的に変化させないため、より安価で安全な伝統的な注射薬や錠剤に焦点を当てた。Loyalの長寿薬の価格はまだ決まっていないが、彼女の見立てでは、フィラリアの予防薬や関節炎治療の注射の費用に近く、月額150ドル(約2万2050円)未満になる見通しという。「価格をつり上げたりするつもりはない」と彼女は語る。
ハリオウアの決断は、タイミング的にも完璧だった。2019年、FDAは革新的な動物用医薬品に関する条件付きの承認制度を拡大し、Loyalのような製薬企業が、安全性と製造能力を示せば、効能が完全に証明される前でも薬を販売できるようにしたのだ。同局は、承認からの5年間、企業が臨床試験を継続して薬の効果を実証するための猶予を与えている。
2025年2月、Loyalは最初の薬の条件付き承認に向け、大きな節目を迎えた。カロリー制限を模倣するこの薬について、FDAの動物医薬品センターが「有効性が合理的に期待できる」と認めたのだ。
その知らせを受けたのは、ハリオウアが婚約者とともにパナマで開かれた結婚式に出席していたときのことだった。規制担当チームからSlackで連絡を受けた彼女は、プールに浸かったまま大声で叫んでしまったという。他の出席者は当初「うるさいアメリカ人がいる」と思ったようだった。しかし、「何かを祝っていることに気づくと、プロポーズされたと勘違いして、シャンパンまで差し出した」と彼女は笑いながら語った。
1300匹が参加、史上最大規模の臨床試験が始動
オレゴン州サンディのマウントフッド近郊にあるバーロウ・トレイル動物病院では、ジェイミー・ヒューストン獣医師が、老犬の代謝を調整して寿命を延ばすLoyalの最初の治療薬の試験に105匹の犬を登録している。「私のクライアントの多くは高齢の犬を飼っており、Loyalの話をすると、10人中9人は自分の犬を試験に参加させたいと話す」とヒューストン医師は明かした。
そしてLoyalは2023年12月、ペンシルベニア州ハリスバーグのドーフィン郡動物病院において、最初の患者として11歳のブーという名前のウィペット犬に薬を投与した。この薬の二重盲検プラセボ対照試験は約5年間続く見込みで、現在では全米70以上の動物病院で1300匹の犬が登録されている。これは史上最大の動物臨床試験という。
大型犬に特化した2つ目の薬の開発にも取り組む
ハリオウアは現在、大型犬に特化した2つ目の薬の開発にも取り組んでいる。錠剤タイプのこの薬は、上場企業クライネティクス・ファーマシューティカルズが開発した分子をベースにしたもので、もともとは過剰な成長ホルモンの抑制を目的としたヒト用薬の一部だった。
「Loyalは、クライネティクスが開発済みながら使い道のなかった、臨床レベルの化合物に着目した。そして、それを大型犬に応用できるのではないかと仮説を立てた」と、クライネティクス共同創業者で最高科学責任者のスティーブ・ベッツは語る。Loyalにとって都合がよかったのは、その分子がすでにラットや犬でテストされ、成長ホルモンを減少させる効果が確認されていたことだった。
何百万もの米国の飼い主にとって、画期的なものになると確信
Loyalによる犬を対象とした薬の研究は、人間の長寿薬開発への道を開く可能性がある。しかしハリオウアは今、こうした薬が「もっと長い間年老いた犬と一緒にいたい」と願う何百万もの米国の飼い主にとって、画期的なものになると確信している。「私は、これまでの自分の研究が、間違っているのではないかと不安に思ったことは1度もない。世界は必ずこの方向に進むのだから」と彼女は語った。


