ギリシャ神話の「ティタノマキア」は、ゼウスをはじめとするオリュンポスの神々と、それ以前から存在する神々であるティタン族との戦いである。勝利を収めたゼウスは打ち負かした相手を罰し、とくにアトラスに対しては、重い天空を永遠に背負わせるという罰を与えた。
古典学者には許してもらえそうにない飛躍した比較になるものの、とてつもない忍従を強いられたアトラスから筆者が連想するのは、世界の中央銀行、なかんずく米国の連邦準備制度理事会(FRB)である。FRBは過去50年、投資家の期待や政治家の希望という「重荷」を背負ってきたからだ。FRBの重要性を過小評価することはできない。学術研究では、FRBが定期的に開く連邦公開市場委員会(FOMC)の前後には、市場のリターン(収益率)やボラティリティー(変動率)、売買高が平均よりも高くなることが示されている。
アジア通貨危機、ロシア財政危機、LTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)危機、世界金融危機など、グローバル化時代に起こったあらゆる金融危機に際し、救済の取り組みで中心的な役割を果たしたのもFRBだった。2000年代後半の世界金融危機では、市場を修復する方策を見いだすという知的な重責を当時のベン・バーナンキFRB議長が担った。最近の新型コロナウイルス禍でもFRBが迅速に対応した。むしろ近年のFRBにとがめられる点があるとすれば、“やり過ぎ”だったという点かもしれない。たとえば、長期にわたって続けた量的緩和(QE)政策の影響はいまだに顕在化している。
この30年かそこらの間、FRBをはじめとする主要な中央銀行は、各国・地域の政治経済の平穏を保つ「接着剤」のような役割を果たしてきた。その平穏は同時に、政府に莫大な債務の積み上げを許し、政治家をみずからの行動による財政的な帰結から守ってきた。
しかしいま、FRBの独立性が犠牲にされかけているのかもしれない。ドナルド・トランプ米大統領はFRBのアドリアナ・クグラー理事(8日付で辞任)の後任にスティーブン・ミラン大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を充て、来年5月に任期満了を迎えるジェローム・パウエル議長の後任人事も進めている。暗黙の前提として、FOMCはかつてないほどホワイトハウスの意向に左右されるようになるとみられている。



