筆者の直観では、トランプがFRBについて思い描いているのは、たんに利下げをさせる(これはインフレ率と長期金利を押し上げる可能性が高い)ことにとどまらず、日本銀行のような存在にすることだと思う。日銀は過去10年、日本の国債市場を事実上のみ込んできた(日銀はなお日本国債の発行残高の半分超を保有している)。FRBを、債券利回りを安定させるための金融の「掃除機」のように利用すれば、債務のリスクをある程度抑えるのに役立つだろうが、代償としてより大きなリスクを将来的に蓄積してしまうことになる。
FRBのトップにトランプの「イエスマン」(その点ではケビン・ハセット国家経済会議=NEC=委員長のほうが、もうひとりの有力候補であるケビン・ウォーシュ元FRB理事よりもずっと適した人物だ)を起用すれば、FRB内部や、FOMCのメンバーである地区連銀総裁たちの反発を招く公算が大きい。FRBという組織に献身している職員たちは、自分たちの職が脅かされる(労働統計局の空洞化が参考例だ)ことだけでなく、諸機関の弱体化や不確かなデータ、暗号資産など「新しい」通貨の実験、腐敗の容認、資産のボラティリティーの高まりといった要因によって、マクロ経済全体が損なわれることを憂慮するだろう。
もしこれがFRBの政治化にほかならないのだとすれば、その究極の目的は、次の危機がトランプの大統領在任中には起こらないようにすることにある。危ういのは、その危機が実際に起ったときには、FRBはもはや解決の一翼を担うどころか、みずからが問題の一端になっていると予想されることだ。


