これはいくつものレベルで問題をはらんでいる。書類のない移民らの強制送還から関税まで、トランプによる一連の政策で米国経済はスタグフレーション(景気停滞下での物価高)に陥りかけている。AI(人工知能)分野への投資の過熱による“目くらまし”効果を取り除けば、米国企業の全体的な状況は欧州企業と大差ないのが実情だ。
スタグフレーションは投資家や中央銀行にとって舵取りが難しく、市場は現在のFRBによる利下げをなかなか織り込めてこなかった。実際、現行の金利サイクルは非常に奇妙なものになっている。歴史的には、利下げ局面はFRBが先導し、ほかの中央銀行が追随するという傾向にあるが、今年はFRBが金利の据え置きを続ける一方、イングランド銀行、欧州中央銀行(ECB)、カナダ銀行といったほかの中央銀行が小刻みに利下げを進めてきた。それには、スイス国立銀行のようなより小規模な中銀も含まれる。
FRBの政治化が進めば、長期的に不確実性が増すとみられる。すでに中銀関係者の間では、政治化したFRBは、新たな金融危機が発生した際に、ほかの中央銀行とのスワップライン(ドル流動性を融通する仕組み)を開くのを渋るのではないかと懸念する声も聞かれる。危機時にスワップラインが使えなければ、経済的な影響が深刻化するのは必至だ。国際金融システムのスワップラインは過去の救済策で主要な手段となっており、チャールズ・キンドルバーガーのような通貨システム研究者たちから不可欠なツールとみなされているものである。
さらに、こうした状況において、仮に米国の大手銀行が現在の大手テクノロジー企業のような行動を取るようになれば、銀行に対する貸し手としてのFRBの役割も現状より複雑になり、効果が薄くなりかねない。テック企業の行動というのはたとえば、アップルが米国内への6000億ドル(約89兆円)の投資を約束したり、ホワイトハウスで大統領に直々に贈り物をしたりすることで、関税を回避したとみられるような行動だ。同様に、金融危機に際して米国の大手銀行が、国内外の主要なライバル勢にトランプが制裁を科すのを条件に、「マール・ア・ラーゴ」リゾートの拡張のためトランプ一族に巨額の融資を提供するといった事態もあり得る(似たようなことはすでに2009年にあったのではと皮肉る向きもあるだろう)。


