「持続可能性(社会的インパクト)」と「成長(経済的リターン)」の両立を目指す社会起業家やスタートアップなどと自治体・大企業等との共創を促進し、社会課題解決を図るプロジェクト「TOKYO Co-cial IMPACT」が、昨年度に続き、本年度も実施される。
今回の記事では、社会起業家やスタートアップをサポートする支援者の活動と、そこに込められた思いを紹介する。社会起業家に求められる支援とは一体どんなものなのか。これまで数多くの社会起業家、スタートアップを支援してきたtaliki代表取締役の中村多伽(以下、中村)、KIBOW社会投資ファンド 代表パートナーの山中礼二(以下、山中)の両名が熱く語り合った。
ビジネスで絶望を希望に変える
「命を落とす人、死ぬよりつらい人の絶対数を減らす仕組みをつくる」。そんなビジョンを掲げ、数多くの社会起業家を支援してきた実績をもつtaliki。代表取締役の中村は、大学時代にカンボジアに小学校を建てるプロジェクトに参加し、そのときに感じた「無力感」が現在の活動につながっていると語る。
「インフラも治安も安定しない当時のカンボジアで、教育環境を整えるだけでは問題の根本は解決しないという現実を目の当たりにしました。非営利的に活動するなかで、もっと多くのリソースや、それに伴うインセンティブが必要であり、社会課題の解決速度を高める意味でもビジネスという建てつけが必要だと感じたんです。
もともと私はとても悲観的な性格で、日本の将来に関して、多くの公共施策が税収で賄えなくなり、芥川龍之介の小説『羅生門』に描かれているような荒廃した世界が訪れるのではないかと危惧しています。さまざまな課題解決を民間に移譲できていれば、そんな悲惨な未来を避けられます。だからこそ、社会課題を自律自走で解決していける仕組みをつくることに、私は大いにパッションを感じているんです」(中村)
社会課題の解決に欠かせないサステナビリティとスケーラビリティをもたらすことができるのが、ビジネスであり、それを担う社会起業家だ。KIBOW社会投資ファンドの代表パートナーを務める山中もまた、2011年の東日本大震災の復興支援にかかわることで、その思いを強くし、インパクト投資を手がけるようになった。
「震災の後、被災地を回って目にしたのが、絶望の中から希望を生みだす起業家たちの姿でした。例えば、宮城県山元町のGRAという企業は、自身も被災者である岩佐大輝さんが『山元町をクリエイティブビレッジにする』というビジョンをもって、ITをフル活用した先進的なイチゴの生産を始め、イチゴを原料にしたスパークリング飲料やスイーツなどを開発してきました。
絶望の広がる大地からスタートしたビジネスが、今や国内最大のイチゴ生産者となり、山元町の平均所得向上にも貢献しています。起業家が立ち上がり、ゼロから新たな希望を生んで、そこに多くの人々が熱狂し、集まっている。私たちも、希望をつくる起業家とともにありたいと強く思うようになりました。この思いが、私たちの活動の基盤になっています」(山中)
インパクトの直視が飛躍を生む
talikiは多角的な支援機能をもつ。まずはインキュベーション。最初のフェーズは事業の立ち上げの伴走。次に、ファンドとしての資金提供。さらに、事業成長のためのアドバイスやリソースを提供する「拡大支援」の過程を経て、大企業とのマッチングにより事業拡張を目指す、オープンイノベーションサポートへと続く。
そのほかステージにかかわりなく、社会課題解決型スタートアップの知見を蓄積したシンクタンクの機能を有している。これまでに支援したスタートアップ約400社の実績と、ほか約200社の創業者へのヒアリングをもとに、難易度が高い社会解題解決のビジネスモデルのマネタイズ・グロースの知見を類型化することで、多岐にわたる事業領域のサポートに役立てている。
もうひとつ、KIBOWの山中がtalikiのことを「事業者・投資家というよりは”ムーブメント”のよう」と評するのは、コミュニティ機能にある。イベントやオンラインコミュニティなど、自分たち以外のステークホルダーと集合知をつくれるような場を提供している。主催しているソーシャルカンファレンスには社会起業家たちが集まり、自分たちが市場経済を変えようという想いや熱気に満ちているという。
これらの機能が事業成長に直接的に貢献するものである一方、「社会起業家を支援するうえでもうひとつ欠かせないのは、本質的な理解者になること」だと中村は語る。
「ある意味、社会起業家の方々にとって、ビジネスは手段でしかありません。その先にある社会課題解決が目的だからこそ、その目的を理解し、共感してプロセスを伴走することに、支援者としての価値があると感じています」(中村)
一方、KIBOWの支援の機能は大きく分けて3つ。第一に挙げられるのは、インパクトスタートアップの存在を社会に示し、「旗を立てる」支援。インパクト投資やIMM(Impact Measurement and Management=インパクト測定・管理)などのプロセスを経て、社会課題解決にチャレンジしていることの認知拡大やPRの支援を行うこと。次に、KPI設定や、測定、改善のミーティングや戦略ディスカッションを定期的に実施するなどして、経営サイクルを回す支援。そして最後に、資金調達を主とした、次のステージに進むための支援だ。
「通常のベンチャーキャピタルが手を出しにくい業界・領域についても私たちは積極的に投資をし、その魅力を伝えられるような発信に協力しています。肝となるのは『社会課題の大きさ=市場の大きさ』であることを、投資家や産業界にしっかり伝えることです。
例えば、私たちの投資先で、低所得者層や障害のある方に賃貸物件を提供しているRennovaterという企業があります。一見するとリターンが得づらいビジネスモデルだと思われがちですが、世界的には『アフォーダブル住宅』という巨大な産業分野です。日本ではまだ市場が確立されていないからこそ、彼らのような起業家がシンボリックなリーダーとなって市場を形成する可能性を秘めている。『ソーシャルビジネスは市場規模が小さい』という先入観をもたれがちだからこそ、その価値を正しく伝えることが非常に重要なのです」(山中)
インパクトスタートアップの存在を社会に示すうえで、なぜIMMが有用なのか。その理由も含め、IMMの重要性を山中があらためて語ってくれた。
「社会的な意義のあるビジネスであっても、当事者以外には価値が伝わりづらいことがあります。インパクトを定量的に可視化することがファーストステップであり、受益者の人生が大きく変わっているという定性的なストーリーを伝えることがセカンドステップです。
IMMは社内外の両方に価値をもたらします。『旗を立てる』フェーズで営業やリクルートの材料となるのはもちろん、自社内においても、社員一人ひとりのロイヤリティを高めることにつながります。また測定の結果、思うようにインパクトが出ていない場合には、アプローチを変える判断材料になります。事業の改善につなげられるのも、IMMに向き合うメリットといえるでしょう」(山中)
「私たちも、半年から1年の間にインパクトを見直す会議をもちますが、それによって視座が急激に上がることがあります。最初に目標を設定して、試行錯誤をしていく中で『実はもっと先までいけるんじゃないか』という気づきを得て、目標地点がより高くなるケースがある。最終的なアウトカムをどこにもってくるかで、事業の拡張性も変わってきます。
視座が上がれば事業戦略の難易度も上がりますが、ビジョンが明確であれば、戦略もおのずと導き出される。『儲けるためにはどうすればいいか』という発想だけでは生まれなかった拡張性をもてるのも、インパクトの領域ならではだと感じますね」(中村)
社会起業家は険しい道のり。でも孤立する必要はない
本年度の「TOKYO Co-cial IMPACT」では、昨年度も実施したスタジオプログラムに加えて、アクセラレーションプログラムが新たに導入される。「インパクトデザイン」「インパクトスケール」という2つのコースが用意され、社会課題解決の手法の検証、インパクト評価・マネジメント設計、多様なファイナンスの検討まで、実践的なプロセスを専門家の伴走のもとで経験できる。
「ソーシャルビジネスに携わるプレイヤーは個別に連携はしていても、それぞれの知見を持ち寄ったエコシステムはほとんどありませんでした。そうした意味からも、オールスターが集まっている『TOKYO Co-cial IMPACT』は実に画期的な試み。社会課題解決にかかわる事業は公共性が高く、行政がもつアセットへのニーズは高いはずなので、リソースの提供や実証の面で東京都のバックアップがあるのも心強いですね」(中村)
talikiは「インパクトデザイン」コース参加者に対し、PMF達成までを支援する予定だ*。talikiが得意とする「検証フェーズ」において、どれだけ顧客獲得数を増やせるか、ペイヤーを見つけられるか、ソリューションが真に課題解決につながっているかどうかなどを素早く検証していく支援を行う。
KIBOWは「インパクトスケール」コース参加者に対し、スケーリングのサポートを行う*。事業戦略の壁打ち相手として、あるいは事業の方向性が定まっている場合はそのインパクトをさらに光らせるためのディスカッションの場として、受講者によってさまざまな活用パターンが考えられるという。
最後に、「TOKYO Co-cial IMPACT」に興味をもっている起業家や投資家、社会的インパクトと経済的リターンの両立を目指すすべての方々に、二人からのメッセージをお届けしよう。
「私自身も起業家であり、今まで多くの社会起業家の方々とかかわってきた中で実感しているのは、事業は一人で勝手に立ち上がるものではないということです。talikiという社名にも通じますが、他力を結集することで、実現できる何かがある。だから、一人で頑張らなくても大丈夫です!」(中村)
「社会起業家は、道なき道を行く人です。社会的インパクトと経済的リターンを同時拡大していく道がどこにあるのかは、誰にもわかりません。そこをあえて切り拓いていくことは険しい道のりではありますが、孤立する必要はありません。社会起業家に必要な『知識』『リソース』『仲間』という3つの要素をすべて提供できるプログラムが、『TOKYO Co-cial IMPACT』です。プログラムを通じて、ともに進む仲間がいることを知ってほしいと思います」(山中)
TOKYO Co-cial IMPACT
https://tokyo-co-cial-impact.metro.tokyo.lg.jp/
中村 多伽(なかむら・たか)◎京都大学在学中に国際協力団体の代表として、カンボジアで2校の学校建設に携わる。その後、ニューヨークのビジネススクールへ留学。現地報道局のインターンとして、2016年大統領選や国連総会などを取材。さまざまな経験を通して「社会課題を解決する起業家の支援」の必要性を感じ、帰国後の2017年に株式会社talikiを設立。関西を中心に社会起業家のインキュベーションや上場企業の事業開発・オープンイノベーション推進に携わりながら、2020年に国内最年少の女性代表として社会課題解決型ベンチャーキャピタル、talikiファンドを設立、投資活動も行なう。
山中 礼二(やまなか・れいじ)◎KIBOW社会投資ファンド 代表パートナー。グロービス経営大学院教員。キヤノン株式会社で新規事業の企画・戦略的提携に携わった後、2000年にグロービスに参加。グロービス・キャピタル・パートナーズでベンチャー企業への投資と経営支援を担当。その後、医療ベンチャーのヘルス・ソリューション専務取締役COO、エス・エム・エスでの事業開発を経て、2013年よりグロービスに復帰。KIBOW社会投資ファンドで、社会起業家向けのインパクト投資を手がける。
*インパクトデザインコースは株式会社taliki、インパクトスケールコースは株式会社taliki、株式会社UNERI、一般財団法人KIBOWのうち、いずれかの団体が伴走支援を担当します。



