2025年1月初旬、18歳のジャスティン・ジンは、人工知能(AI)搭載のソーシャル・エンタメ系アプリ「Giggles」を公開した。このアプリは、12万人以上の事前登録者を集め、1億5000万回以上のインプレッションを記録したと報じられた。
その開発において、ジンと若い共同創業者たちは、ベンチャーキャピタル(VC)の資金に頼らず、マーケティング費用も一切かけず、従来のエンジニアチームも抱えていない。AIを用いて、AI生成コンテンツ、デジタルの収集アイテム、ゲーム感覚の交流を楽しめるアプリをZ世代やアルファ世代向けに作り上げた。
その数週間後には、別のスタートアップ「Base44」が登場した。これは、非テック系のクリエイターが、AIを用いる「バイブコーディング」によって開発したプラットフォームだ。6カ月間で10人未満のメンバーによって黒字化を果たし、30万人のユーザーを集めた。TechCrunchによると、最終的に現金8000万ドル(約118億円。1ドル=147円換算)でWixに買収された。
こうして突如として新しい起業モデルが誕生した。従来型のエンジニアリングチームを基盤とせずに、創造性、カルチャー、AIの活用によって生まれるスタートアップだ。
これはまさに今の時代の物語だ。AIは起業の在り方を再定義しており、ビジョンとテクノロジーに対する理解を持つ人々が、コンピューターサイエンスなど技術的バックグラウンドがなくとも、プラットフォームとして機能するほど大きなプロダクトを世に出せるようになっている。一方、この新たな起業モデルが、より深いエンジニアリングの力を借りずに、プロトタイプの域を超えたスケールに成長できるのかという疑問も生じている。
「バイブコーディング」の台頭
今から2年前、「バイブコーディング」という言葉はほとんど聞かれないものだったが、今では至るところで使われている。かつてテスラのAI部門を率い、OpenAIを共同創業したアンドレイ・カルパシーが生み出したこの言葉は、AIにアイデアを話すだけで(AIが)コードを書くことを意味する。
「完全にバイブス(感覚)に身を委ね、指数関数的な変化を受け入れ、コードの存在を忘れるんだ」とカルパシーは2月にX(旧ツイッター)に投稿していた。これは、プログラミングが英語のような自然言語で行われる新時代のための略語だ。
Yコンビネータのギャリー・タンCEOによると、今では多くのスタートアップが、プロジェクト全体のソースコードの最大95%をAIで生成しているという。従来50〜100人規模のエンジニアチームが必要だったプロジェクトを、10人未満で完成させているそうだ。一方、Business Insiderのアリステア・バーは、最近の記事で「非伝統的なAIネイティブの開発者」が自然言語による指示でアプリを構築し、SaaSの経済構造を根本から変えつつあると指摘した。
この変化は起業を民主化するもので、プロダクトマネジャー、アーティスト、さらには高校生でさえも、技術的な専門知識なしに、これまでになく迅速に製品を世に送り出せるようにしている。
深刻な被害をもたらす、セキュリティリスクにつながる恐れ
しかし、ここにはリスクや課題も存在する。Cloudsmithの開発者リレーション部門トップ、ナイジェル・ダグラスは英紙フィナンシャル・タイムズの記事でこう警告した。「趣味でアプリを作るのであれば、失敗してもせいぜい見栄えがしないプロダクトが出来上がるだけかもしれない。しかしビジネスの現場では、間違ったツールの使用が深刻な被害をもたらし、データ漏えい、サービス停止、ソフトウェアのサプライチェーンのセキュリティリスクにつながりかねない」。
GitHubのトーマス・ドムケCEOも先日、パリで開催されたテック系カンファレンスVivaTechで、同様に警告した。「非テック系の創業者が、開発チームを持たずにスタートアップを大規模に成長させるのは難しい」と語り、バイブコーディングのようなツールには、資金を本格的に投じるに値するだけの技術的な裏付けや完成度がまだ備わっていないと付け加えた。
さらに、AIネイティブの創業者でさえ、このモデルの限界を認めている。Giggles共同創業者のエドウィン・ワンは、「私たちは、技術的な深みを築くことが重要だと分かっており、そのためにエンジニアリング体制を拡充し、アドバイザーも迎えている」と語った。「それでも未来は、創造性とコーディングのバランスが保たれた、コミュニティが主導する分散化された世界である必要がある」と彼は続けた。



