暦の上では立秋が来ても、秋の始まりどころか、いまだ猛暑もたけなわ。戸川純が「隣りの印度人」という曲で、「日本の夏は蒸すけど、涼しい~♪」と歌ったのは昭和のことだけど、まさか半世紀も経たないうちに日本が亜熱帯になってしまうとは、誰が予測しただろう。
わが国には、浴衣での夕涼みや花火見物、かき氷や風鈴といった、たおやかな納涼の文化があるが、このクレージーな暑さを吹き飛ばすとっておきのアイテムがある。鞄に入れて手軽に持ち運べるし、いつでもどこでもそれを開けば心を冷んやりさせてくれるという優れもの、すなわちホラー小説である。
折からのホラー・ブームもあって、書店の夏の風物詩である怖い本のコーナーは、まさに百花繚乱、いや百鬼夜行というべきか。各出版社からの新刊も目白押しの状態だが、そのなかから選りすぐりの7冊を紹介しよう。
いまも残る因習の世界へ
「或る集落の⚫️(まる)」矢樹純
さびれたローカル都市や田舎の村が、ホラー小説にうってつけの舞台や題材となるのは、超自然への敬意や畏怖が地域の閉鎖性と結びつくことによって生まれる因習を連想させるからだろう。新幹線と在来線を乗り継いださらに山奥にある青森県のある集落をめぐる物語がずらりと並ぶ矢樹純の作品集「或る集落の⚫️(まる)」(講談社刊)も、「因習ホラー」と謳われている。
世間の目を逃れるように集落に移り住んだ女性が、里の神のものと思しき奇妙なお告げを口にし始める「べらの社」をはじめ、冒頭の4編はデビュー間もない作者が個人出版した過去の電子図書からの再録である。しかし今回新たに追加収録された3編とともに奥深い部分で呼応し合い、謎の集落の得体の知れなさを不気味に浮かび上がらせていく。
共通項は閉塞的な社会でも、その物語世界はあくまで外に向けて開かれている。似た作品が2つとない多様さに加え、ページを開くと目に飛び込んでくる本のつくりの遊び心も、読者を飽かせない。



