「酒亭DARKNESS」恩田陸
「居酒屋ホラー」と銘打たれた「酒亭DARKNESS」(文藝春秋刊)は、作者の恩田陸が実際に異郷の居酒屋を訪ねた体験談を下敷きにしているからだろう、フィクションとエッセイの狭間にあって、その双方の面白さを兼ね備えている。居酒屋が店を構える路地裏の風景や、街の景色と思われるスナップ写真が随所に挟み込まれているのも、その雰囲気を大いに盛り上げる。
空席があっても入店を断る居酒屋の怪(跡継ぎの条件)や、いまも昭和の時間が流れる老舗のファンタジー(昭和94年の横丁)、妖怪二口女をめぐる考察(三味線の音)など、酒の肴にぴったりの幻想譚や小噺がずらり。収録作の悪魔の1ダースの厄払いを狙った締めくくりの1編など、通い慣れた居酒屋の気配りを思わせ、温かく心憎い。
「なぜ『あしか汁』のことを話してはいけないのか」三浦晴海
最後は三浦晴海の「なぜ『あしか汁』のことを話してはいけないのか」(宝島社刊)だ。冒頭で、作者はこの本を読むことの危険性について読者に警告する。しかしそれは、モキュメンタリー形式のお約束でしかない。本作の本領は、次のページから始まる物語の疾走感あふれる、息をも吐かせぬ展開にある。
亡くなった大叔父の手帳にあった「あしか汁」などの謎の言葉が、主人公の日常を激変させた。接触した人物が次々怪死を遂げるなか、ストーカー事件にも巻き込まれた彼女は謎の言葉「あしか汁」の解明に奔走するが、その先には恐るべき事実のつるべ打ちが待ち受けていた。
WEB小説サイトのカクヨムが初出という共通項のある「近畿地方のある場所について」からの影響が顕著とはいえ、モキュメンタリーの手法を自家薬籠中のものにしている作者に、二番煎じの胡散臭さはない。中盤から物語が昭和の史実とシンクロしていくと、急展開のストーリーに歴史ミステリを繙くスリルも加わる。「近畿地方のある場所について」と同様に、映像化への期待もつのる。
最新の話題作を駆け足で紹介したが、まだ足りないという暑がりの方には、昨年のホラー小説を総ざらいした「このホラーがすごい!2024年版」(宝島社刊)と、日本の現代ホラー小説の歩みを名作の数々で辿る朝宮運河の「現代ホラー小説を知るための100冊」(星雲社刊)の2冊を座右に置かれることをお奨めしたい。
ネットスラングの脅し文句に「震えて眠れ」というものがあるが、まだまだ続くであろう猛暑の日々に、ホラー小説の数々があなたに文字通りの安眠をもたらしてくれることを祈るばかりだ。


