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2025.08.10 11:15

ネアンデルタール人を滅ぼしたアミノ酸の正体

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ネアンデルタール人やデニソワ人などの旧人と現生人類(ホモサピエンス)とでは、遺伝子的にはほとんど違いがない。だが、現生人類だけが大きく発展する運命を握っていたものは、ある遺伝子が作り出す酵素のなかの、たったひとつのアミノ酸だった。

人の体内にはADSL遺伝子というものがある。これが、脳や神経の発達に欠かせないADSL酵素を作り出すのだが、ネアンデルタール人やデニソワ人と私たちとでは、484個のアミノ酸の鎖で構成されるその酵素の429番目のアミノ酸だけが違っている。彼らはそこにアラニンが配置されているが、私たちの場合はバリンだ。この化学的変異が、その後の私たちの行動に大きな変化をもたらした可能性があると、沖縄科学技術大学院大学(OIST)とマックス・プランク進化人類学研究所の研究チームは述べている。

上から、現生人類、ネアンデルタール人とデニソワ人、チンパンジー、マウスのADSL酵素の遺伝子配列。現生人類の赤で示した429番目のアミノ酸がほかと違っている。マウスの428番目の変異はADSLの機能に影響していなかった。
上から、現生人類、ネアンデルタール人とデニソワ人、チンパンジー、マウスのADSL酵素の遺伝子配列。現生人類の赤で示した429番目のアミノ酸がほかと違っている。マウスの428番目の変異はADSLの機能に影響していなかった。

ADSL遺伝子に欠損が生じると、運動神経の発達が遅れたり認知障害が生じたりすることが知られている。またADSL酵素の働きが強すぎると、脳が未発達のまま早く成熟してしまったり、過剰に興奮するようになったりする恐れがあると言われている。

旧人とホモサピエンスとでは、もうひとつ、遺伝子の発現に関与する「非コード領域」でも遺伝的異変がみつかっているが(これも現生人類のみ)、アミノ酸の置換はその異変との相乗効果により、ADSL酵素の働きが、ADSL欠損症にならない程度に抑えられ、脳がしっかり発達するよう、その成長速度を巧妙に遅らせているというのだ。

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そこでOISTは、ADSL遺伝子の429番目のアミノ酸を置換したマウスを使い、行動の変化を検証した。視覚や音の合図の後に水が飲めるという課題を実施すると、アミノ酸置換マウスの雌だけが、同じ親から生まれた別のマウスよりも、頻繁に水を飲めることがわかった。これは、限られた資源をめぐる競争で有利に行動できるようになったことを示している。つまり、賢くなったわけだ。

マウスの実験結果を単純に人に当てはめることはできないとしながらも、私たちには「特定のタスクにおいて進化的な優位性がもたらされた可能性があります」と、この研究の論文の筆頭著者であるOISTのシァンチュン・ジュ博士は述べている。ひとつの遺伝子のなかのたったひとつの目に見えないアミノ酸が置き換わったことで、ネアンデルタール人とデニソワ人は滅び、私たちは繁栄した。何が運命を左右するのか、わからないものだ。

プレスリリース

文 = 金井哲夫

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