国内

2025.08.06 08:45

#戦後80年 元記者の精神科医に80歳女性患者が話したこと、彼女の「禍禍」

Getty Images

令和4年4月6日 〈夫が亡くなった。3/25。透析後、駐車場の車の中でたばこ吸ったので、血管詰まって心停止。コロナ禍で、クリニックでお茶出さなくなった。(透析では水分を引くので余計脱水になりやすい)。ジャケットに吸い殻落ちてた。家では吸わない。無念でしょうがない〉

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➡禍福はあざなえる縄の如し、という。しかし、目の前の小宮さんは禍福でなくて「禍禍」ではないかと、自問せざるを得なかった。それでも、こんな言葉をかけた。


「人は二度、死にます。一度目はその人が亡くなった時。二度目はその人のことをよく知る人が亡くなった時。小宮さんが死ぬまで、ご主人は、生きてます」

令和5年1月18日、2月22日 〈夫のいない初めての正月。先生のこないだの井上靖の話。私も新聞記者になりたかった。(井上靖は毎日新聞出身の小説家)。本好きになったのは井上靖最初で、親への思い、短文で小説みたいなのを書いた。夫にしか見せてない。何も言わずに、読んでくれた〉〈小学校のころから新聞記者になりたかったのに、卒業のころ母が死んで。高校のころ、新聞部無くて、作った〉

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➡自分の肉親と過ごした時間よりずっと長いときを共に過ごしてきた夫との別れは、こちらが想像する以上につらいものなのだろう。それでも、ひどいうつ病にならずに済んでいるのは、こうやって自分を表現することがストレス対処に役立っているからと思われる。小宮さんが、元記者の私のもとに足を運び続けてくれる理由の一端がわかる気がした。

令和5年2月22日続き 〈もうすぐ(夫の没後)1年。3/25。母の命日が3/29なんで桜の季節はいや。子どもを不安にさせる母でした。太宰や三島にしてもジョン・レノンにしても、母親の愛をきっちり受けていない人の問題。母に捨てられたという思い強かった。それを引きずってるのが、自分が(80歳近くになり寿命で)死のうとしてるのに(苦笑)〉


➡私が中日新聞生活面に書いていたコラムの愛読者でもあった小宮さん。太宰治と三島由紀夫の関係をハリネズミに例えて話した。お互いに似ているが、近づきすぎると傷つけあう関係。ジョン・レノンも幼少時は親の愛情に飢えながら、10代で和解しようとした矢先に母親が事故死している。それをビートルズ作品で昇華させたという話をコラムで書いた。

小宮さんが読んでいた筆者の中日新聞コラム「Dr’sサロン」。太宰治、三島由紀夫、ジョンレノンの3人とも、母親の愛情を求めて小説や曲に昇華させた
小宮さんが読んでいた筆者の中日新聞コラム「Dr’sサロン」。太宰治、三島由紀夫、ジョン・レノンの3人とも、母親の愛情を求めて小説や曲に昇華させた

小宮さんが母親との葛藤を言語化できた。3年間の診察が結実したと思えた瞬間だった。

小宮さんの診察に、ゴールはない。ある意味、毎回が最終診察でもよいと思って話を聴き続けている。

ことし梅雨時、80歳の小宮昭子さんは高知にある両親の墓参りに帰省した。6月24日の診察で「父が死んで80年、母が死んで70年。ほんとにかわいそうな子です」とほほ笑んだ。その口元には、やっとここまで来れたのだという安堵の表情が読み取れた。

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