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2025.08.06 08:45

#戦後80年 元記者の精神科医に80歳女性患者が話したこと、彼女の「禍禍」

Getty Images

小宮さんの不眠はよくなった。夜中に起きても、またすぐ寝に入ることができる。物忘れも心配だというので、長谷川式認知症スケール(HDS-R)を実施した。満点に近く、心配はなさそうだった。

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1カ月に1回の診察は順調にいっているかに見えた。しかし、医者―患者関係ができつつあるかとこちらが思い始めたころから、さまざまな症状を再度訴えるようになった。

たとえば、激しいめまい。小宮さんの自宅は当院から離れているのと、症状が身体的なのでまずは近医で診てもらう。頭部CT異常なし。脈も130/分と速いので循環器科でホルター心電図を行った。もともと心房細動があり、手術済みのため、これも経過観察でよいといわれた。

当院の診察ではそうした様子を伝える一方、風呂で溺れて声が出せない夢や死んだ人が出てくる夢をむしろ饒舌に報告する。夢解釈は精神分析の分野で難しいが、小宮さんの心に昔の「トラウマ」が巣食っているのではと私は感じるようになっていた。

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芭蕉の孤独、彼女の孤独

臨床心理士によるカウンセリングを始めるのが常道。だが、私はその方針を取らず、今までのように1時間かけて通院を続けてもらい、じっくり話を聴き続けた。

彼女を見つめながら対話をキーボードに打ち込む私の手は不器用で、ブラインドタッチから遥か遠い。おかげで電子カルテは誤字脱字だらけだが、意味は取れる。それを読み返すと、彼女のその時々の心情が読み取れる。以下、抜粋していく。( )は後から補充。

令和2年8月18日 〈先生のブログ(HPで院長コラムを時々書くのを)読んだ。芭蕉の辞世読んで、孤独だったんだなと。その後、2、3回怖い夢みたが、それ以降見ない〉

➡ 旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる。彼女の夢から芭蕉の句を思いついて、診察で話した時のやりとり。芭蕉が孤独と感じたと話すが、その言葉の裏には、小宮さんこそ孤独だったと自身で気づいた心の動きが垣間見られる。

令和3年5月26日 〈子どものころから山道6km自転車で通った。毎日母の夢。追っかけても、追いつかない。(中略)当時、高知は土葬。(埋めた)母が生き返るんじゃないかと。そのことが心に残っていて。15歳に戻って、気持ち、落ち着いた〉

➡小宮さんの故郷は足摺岬からさほど遠くなく、漁港にもほど近い山沿いにある。愛知県からすぐ行ける場所ではないが、彼女の心理的距離も遠かったことがわかる。その裏には、若くして両親を亡くし、「温かい思い出」の少ない生地への両価的な思いがにじみ出ていると判断した。

令和3年11月5日 〈10月はさみしくて、悲しくて。父が戦地から引き揚げて亡くなったのが(昭和21年)10/14。2歳でも記憶は残ってる。父が中庭の柿見てた。金木犀(キンモクセイ)の香り。父32歳。私が年を取って、(今思い返すと)息子のように不憫(ふびん)で。そう思ったら一度いなかに帰ろうと思った。(中略)なにげにやせ我慢の子でした。ひとりっ子なんで、父と母のDNAつなぎたいと思って〉

子どもの時から新聞記者を夢見た小宮さん。郷里の同人誌に載せた詩「あなたの娘」(上)と中日新聞に載ったくらしの作文「父とサトイモと私」
子どもの時から新聞記者を夢見た小宮さん。郷里の同人誌に載せた詩「あなたの娘」(上)と中日新聞に載ったくらしの作文「父とサトイモと私」

➡初診時、不眠と頭痛の「原因」は夫と子供の病気と考えて対処したが、どこか引っかかる部分を抱えながら治療を続けてきた。この時期になってようやく、小宮さんの症状は今の家族のことだけが引き金でないことがわかる。精神科の診察はそういうものと思って続けていたら、予想外の展開が生じた。

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