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2025.08.06 08:45

#戦後80年 元記者の精神科医に80歳女性患者が話したこと、彼女の「禍禍」

Getty Images

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今年もまた8月15日を迎える。戦争を記憶する日本人が年々減るなか、メディアはこぞって「戦後80年」を特集している。精神科・心療内科を掲げる当院でも、高齢の患者さんたちが「それぞれの戦後」を診察室で語っていく。今回はその中で、私の心に残る思い出を話してくれた80歳女性のことを紹介したい。

小宮昭子さん(仮名)が私のクリニックを訪れたのは、コロナ禍まっただ中の5年前。新緑の季節だった。


眠れない、頭が痛いという。何らかのストレスだろうが、原因は何だろうと考えた。

生まれた時の娘の顔を見なかった父親——

精神科で一番大事なのが、初診時の問診だ。家族構成を聴き、困りごとの経過を尋ねる。こちらの問いかけに全て答えてくれるとは限らない。単に根掘り葉掘り聞き出すのではなく、相手に寄り添って医者―患者関係を構築することが大切だ。

小宮さんはひとりっ子。戦前生まれには珍しいと直感した私は「ごきょうだいは、いらっしゃらないんですか?」と尋ねた。

それを聞いて、彼女の父親は戦病死したことを教えてくれた。旧満州で商社に勤務中の1944(昭和19)年8月に現地招集され、戦後1年経った1946(昭和21)年夏に帰国。3カ月後の同年10月に結核で亡くなった。32歳だった。小宮さんの誕生日は慌ただしい父親の出征時だったので、生まれた時の娘の顔を父親は見ていない。


小宮さんはみずから母親のことも語った。


戦後の母子生活を高知の片田舎で過ごしたが、小宮さん12歳の時、母親も急性白血病で没したという。

私の父方祖父も戦争に取られて、終戦の一カ月前にビルマ(現ミャンマー)で戦死したんですよ、と返した。私の祖母は私の父と下の妹弟3人をひとりで育て始め、戦後すぐに3番目の子をチフスか疫痢で失くしている。聴いていて、そのことがよみがえった。

話の続くあいだ、こちらの頭の中は小宮さんの主訴、つまり困りごとをどう解決するかに向いている。不眠や頭痛が彼女の生い立ちに直結しないなら、いったん話をわきに置いて、不眠や頭痛の治療に専念しなければいけない。

話題は小宮さんの家族に転じた。彼女には2人の娘がいる。30年前、長女に多発性のう胞腎という病気があると分かった。遺伝の可能性があり、調べると夫にも同じ病気が見つかった。夫はその後人工透析を受け、長女も小宮さんの当院受診1年前から透析となった。このころから、不眠などの症状が始まっている。「原因」は明らかだった。

私は依存性のない、作用の穏やかな抗うつ薬を少量処方した。気持ちを落ち着かせ、睡眠の質を改善するときによく使う薬だ。

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