撤退も含めた戦略を
もちろん、海外展開にはリスクも伴う。ミャンマーでシップヘルスケアが試みた病院リモデル事業は、軍事政権による規制や為替決済の問題で2024年に撤退に追い込まれた。繁村氏は、「現地制度の精査、信頼できるパートナーとの連携、撤退条件の設計は不可欠」と強調する。だからこそ、「やりきる前提」ではなく、「撤退も含めた持続可能なグローバル戦略」が求められるのだ。
今、日本企業にとっては絶好の転機である。世界がこれから直面する高齢化。その解決のヒントは、日本がすでに経験した試練のなかにある。「医療・介護制度、インフラ整備、サービスの最適化」、この三位一体での知見は、日本にしかない。だからこそ、それを市場価値に転換するという発想が必要だ。
さらに重要なのは、「人材」の側面である。制度やテクノロジーがどれほど優れていても、それを使いこなす現場の人がいなければ意味をなさない。日本はこれまで、現場でのきめ細やかな対応力や、医療・介護従事者の倫理観・献身性を強みとしてきた。こうした「現場力」もまた、制度や設備と同様に「輸出可能な価値」であり、それを育成・維持するための教育手法や研修プログラムの共有も、今後の国際展開の柱となる。
実際、現地人材の育成を通じて、サービスの質を高める日本企業も増えている。ある企業はインドネシアの看護師養成機関と連携し、日本式の介護マナーやチームケアのあり方をカリキュラムに導入。ただモノやノウハウをもち込むだけでなく、「ともに育つ」関係性を築く姿勢が、グローバル時代の信頼形成に欠かせない。

トライアングル型の海外展開戦略
今日本に求められているのは、技術・制度・人材が連携する、トライアングル型の海外展開戦略だ。日本が積み上げてきた医療・介護の「知」を、世界の新しい「共通語」に翻訳していく時が来ている。「医療」も「介護」も、かつては非経済領域ととらえられていた。しかし、制度の輸出、知見の国際展開、人材ネットワークの形成を含めた「社会的インフラ産業」として再定義するならば、そこには巨大な成長余地が広がっている。超高齢社会という「パンドラの箱」を開けてしまった日本。しかし、神話にある通り、その底に残された希望は、他国を救う力になりうる。それは、技術でも製品でもなく、「人を支える方法」に関する「知」だ。今、日本の医療・介護が新たなフロンティアに挑み始めている。
KEYWORD 1|アクティブ・エイジング◎シンガポール政府が2023年に公表した高齢化社会に向けたアクションプランは、自身の「エイジングジャーニー」をリードできる社会づくりを担うコミュニティのイニシアチブに焦点をあて、3つの「C」を軸としてまとめられている。
KEYWORD 2|銀髪経済(シルバー経済)◎中国では、高齢化によりシニア世代の消費市場が急速に拡大することから「銀髪経済(シルバー経済)」と呼び、国内経済の推進を図っている。市場規模は35年に約19兆1000億元(約411兆円)(上海・復旦大学の研究チーム調べ)と国内総生産の約1割を占めると予測。
繁村京一郎◎1991年野村證券入社。ヘルスケア分野の第一線で活躍し、医療・介護・先端技術・制度改革に精通。現在はチーム・ヘッドとして、医薬・医療機器・バイオ領域を統括し、ヘルスケア・ストラテジーを投資アイデアとして発信している。


