火星に家を建てるようなアイデア
彼女は、このアイデアを、ニュー・リバーとインテレクソンで最高執行責任者(COO)を務め、10年以上共に働いてきた夫のクリシュに持ちかけた。そして2人は、自分たちだけでこの薬を開発することを決めた。その当時のバイオテック業界は好況で、サンフランシスコでは空きの研究室が見つからなかったため、全米を探し回り、最終的にピッツバーグのラボを拠点にした。ピッツバーグは、バイオテックよりもロボティクス系のスタートアップで知られていたが、カーネギーメロン大学の大学院生を採用できるメリットがあった。
2人は当初、カリフォルニア北部の自宅から現地まで往復していた。そして、VCには頼らずに、友人や家族から少額の資金を調達し、その際に「これは寄付だと思ってほしい」と率直に伝えた。「うまくいかなければ、事業を閉じるつもりだった」とクリシュナンは語る。
2017年、夫妻は会社を上場させて4500万ドル(約66億1500万円)を調達したが、この背景には過去に複数の企業をIPOに導いてきた夫のクリシュの人脈があった。「大した規模の上場ではなかった」と彼は笑うが、このIPOを通じて、彼が関わった以前の会社を支援してくれたフィデリティの投資家を株主に迎えることができた。
病院ではなく自宅で遺伝子治療を可能にするというアイデアは、魅力的であると同時に無謀にも聞こえた。「正直なところ、発想としては素晴らしかったが、誰かが『遺伝子治療薬をジェル状の薬にして、自宅で傷口に塗りたい』と言ってきたら、『火星に家を建てたい』という話にも思えただろう」とCEOを務めるクリシュは振り返る。「いい考えだが、どうやって実現するんだ? という話だった」。
そして、その6年後にKrystal Biotechは、FDAから「バイジュベック」の承認を取得した。これは、新規の遺伝子治療の承認としては異例のスピードだった。しかも、遺伝子組み換えヘルペスウイルスを使う在宅型の遺伝子治療でFDAの承認を得るには、安全性への懸念を払拭するための試験が不可欠だった。「当時は新型コロナのパンデミックの最中で、人々はウイルスに対して非常に神経質になっていた」と、クリシュナンは振り返る。


