インドでの少女時代と米国への留学
現在60歳のクリシュナンは、インドの貧しい家庭で2人の兄弟と共に育てられた。18歳で結婚した母は、彼女が大学を卒業するとすぐに見合い結婚を勧めたが、彼女は拒絶した。「私はいつもそれに逆らい、戦った。親たちにとっては扱いづらい子だった。私はすべてのルールを破った」と彼女は言う。
クリシュナンは大学卒業後に米国に渡り、ペンシルベニア州のビラノバ大学で有機化学の修士号を取得し、ペンシルベニア大学ウォートン・スクールでMBAを取得中だった後の夫のクリシュと知り合った。
彼女はその後、ヤンセン・ファーマシューティカルズで薬剤開発者としてのキャリアをスタートし、ニュー・リバー・ファーマシューティカルズでは、後にADHDの治療薬として広く普及した「ビバンセ」の発見・開発・承認を主導した。そして、2007年に欧州の製薬企業シャイアー(2018年に武田薬品が620億ドル[約9.1兆円]で買収)がニュー・リバーを26億ドル(約3822億円)で買収した後は、希少疾患に取り組んだ。続いてインテレクソン(現プレシジェン)では、治療薬部門の責任者として遺伝子治療薬の開発に注力した。
クリシュナンは、70件以上の医薬品関連特許の発明者として名を連ねている。「私は25年から30年にわたって、この分野一筋で生きてきた。あらゆる希少疾患や、それに関連するニーズについて熟知している」と彼女は語る。
「栄養障害型表皮水疱症」との戦い
クリシュナンが、「栄養障害型表皮水疱症」の治療に向けて考案した遺伝子治療は、薬剤を患部に直接塗布するタイプのもので、遺伝子組換えヘルペスウイルスを用いたものだった。この薬は、コラーゲンの一種を作るための設計情報を持つ遺伝子の正常なコピーを皮膚細胞に届けることで治癒を促す。
米国には約2万5000人の表皮水疱症患者がいるとされるが、Krystal Biotechの治療薬が対象とするのは、そのうちの症状が重い栄養障害型に分類されるわずか約3000人の患者だ。
この疾患の患者を支援する非営利団体デブラ(Debra)の事務局長で、自身の17歳の娘が生まれつき重症型のこの疾患を抱えているブレット・コペランは、「この病気は、誰も聞いたことがない最悪のものだ」と語る。この疾患に苦しむ子どもたちは常に痛みを抱え、体の大部分を包帯で覆う必要があるほか、皮膚がんを含むさまざまな合併症にもかかりやすい。「私の目標は、この病気を2型糖尿病のように、慢性疾患として生活に支障なく付き合えるものにすることだ」と語るコペランは、自身の娘にKrystal Biotechの治療薬を使用している。「私たちはその目標にかなり近づいている。スーマとクリシュには本当に感謝している。」。
クリシュナンが、後の「バイジュベック」の元となるアイデアを得た当時、市場にはこの疾患の治療薬は存在しなかった。彼女がインテレクソンに在籍していた頃、同社は提携先のバイオテック企業ファイブロセル(後にキャッスル・クリークが買収)と共に、病院での施術を前提とした治療法を開発していた。「私はその痛みと苦しみを見てきた」とクリシュナンは言う。「この子どもたちは生まれたときから皮膚が欠けており、時間とともに悪化していく。彼らは『誰も私たちのことを気にかけてくれない』と言っていた」。


