さらに、中期キャリア計画では、3〜5年後の自分のあるべき姿を言語化する。肝心なのは、「キャリア資本」の蓄積を軸にすること。「キャリア資本」とは個人のキャリア形成のために必要な知識やスキル、経験、人脈などの総称で、具体的には、「ビジネス資本」(スキルや学歴、職歴など)や「社会関係資本」(職場や私生活での人間関係、地域社会でのつながりなど)、「経済資本」(金銭や資産、株式など)の3つに分けられる。中期キャリア計画シートでは、3~5年単位で獲得したいそれら3つの資本を書き出していく。
中期キャリア計画シートの例

ポイントは3つ。シートは月1回程度、定期的に見直すことと、できるだけ具体的かつ簡潔に表現すること、そして共有や公開を前提に作成することだ。3つ目の理由として田中氏は、企業が人的資本情報の開示を求められているなか、個人のキャリア中期計画も今後は開示が求められるようになっていくと考えるためだとした。期間は、個人で自由に調整できる。シートは未来のありたい姿を言語化し、現状との差分を探る材料になる。
「ビジネスでは、3〜5カ年で中期経営計画を立てる。企業はこれに沿って事業をグロースさせていくことをやっているのに、なぜ、最も大事な個人のキャリアの中期計画は後回しなのでしょう。自分の未来は自ら作っていけるという意識が、日本のビジネスパーソンには明らかに足りていません」(田中氏)
廃棄されるはずのワカメが、大臣賞受賞の逸品に
キャリア開拓の重要性に気づき、行動を起こしているミドルシニアが集うコミュニティの一つとして田中氏が挙げたのが、「ライフシフトプラットフォーム(LSP)」だ。LSPは企業で活躍してきた人材が、ライフプレナーとして活躍するために必要な学びと仲間づくりの機会、仕事の機会などを提供している。
2021年、電通の早期退職者200名超を1期生として設立され、その後、パナソニックやみずほフィナンシャルグループなど、他の企業からもメンバーが加わった。平均年齢は54歳。現在は延べ18社、約250名が参加する規模まで拡大している。
「LSPは異業種交流会ではなく、社会課題を発見し、それに対してどんな人が集まって、何ができるのかを考える、プロジェクト型のネットワーキングです。身を置き続けることで、マインドセットが組織内キャリア型からライフプレナー型へとじわじわ変わっていきます」(田中氏)
LSPのチームは、成果をあげはじめている。その例が、2022年発足の「売れる仕組み創造室(売れ創)」と宮城県気仙沼市にある水産加工会社ムラカミとの協業だ。売れ創は、リーダーの金井 毅氏と菊地哲哉氏が電通社員時代に培った地方での事業経験を生かし、まだ光が当たっていない地方に眠っている商品の開発、改良、販路拡大など、その名の通り商品が売れる仕組み作りをメンバーとともに支援している。
ムラカミが2025年5月に発売したワカメの加工品「チーズdeワカメ」のプロジェクトは、「売れ創」メンバーが同社専務から気仙沼の海が抱える深刻な問題を聞いたことから始まった。近年の温暖化による海水温上昇などで、変色や傷がつき、廃棄せざるをえないワカメが増え、その量が一日あたり約300〜500kgに上っていたのだ。
プロジェクトでは、廃棄されるはずだったワカメを用いて料理研究家の監修の下、洋食に合う加工食品を開発。同製品は、宮城県の水産加工品品評会で最高賞となる「農林水産大臣賞」を受賞した。

「地方には課題があり、人手が足りていない。一方、ミドルシニアにはネットワークや知見、ソリューションなどのキャリア資本がある。LSPは、メンバーの多様なキャリア資本と地方の課題をマッチングし、地方の資源を再価値化しています。
成果報酬型のビジネスモデルなので、地方の企業は初期費用を抑えて課題に着手できますし、LSPメンバーは地方に貢献し、報酬とやりがいを得られる。Win-Winの構図です」(田中)
そうして活動の場を地方へと広げたケースもあれば、自らの専門分野のすぐ近くにある領域に手を広げ、独自のキャリアを形成していくケースもある。
パナソニック出身のLSPメンバー田村史生氏は、同社で約30年にわたり人事を担当した経験を生かし、コーチングの上級資格やキャリアコンサルタントの国家資格を取得した。その後、社内の有志とともに社員の相談に乗る「おせっかいセッション」を立ち上げ、より気軽に相談してもらおうと、昼休みに無料の手相鑑定を実施。3年間で延べ2000人と対話し、副業として社外でもコーチングを始めた。
こうした活動を通じて田村氏は、自分のやりたいことは、人とは少し違う自分なりのやり方で誰かを応援し、感動させることだと気づき、2023年に独立。コーチングやセミナー講師、手相鑑定サービスなどを提供する企業「Osekayers(オセッカイヤーズ)」を設立し、活躍している。これもまさに自分軸でキャリアを開拓した結果、人生を豊かにした好例だ。
「毎日の歯磨きのように」キャリアを磨く
これまで紹介したケースは、大企業の出身者によるものだが、日本企業の99.7%を占めるのは中小企業だ。田中氏は中小企業で働くミドルシニアも、キャリア開拓を行うべきだと語る。
「自分の専門性を囲い、仕事の境界線を固定しないことがとても大切です。自分には関係ないと思わず、まずは行動してほしい。検索窓にキャリア開拓に関するワードを入れ、出てきたコンテンツをチェックしたり、生成AIとこれからの働き方や生き方について壁打ちすることでも、日常の中で新たな景色が見えてきます。毎日の仕事や生活を、自ら開拓していくのです。
先行き不透明な時代、ビジネスパーソンにとって最大のセーフティネットは、キャリアの知見です。それらを使って自身のキャリアに向き合ってほしい。すべてのミドルシニアが歯磨きのように毎日の習慣として、当たり前のようにキャリアを磨いていくようになることを願っています」(田中氏)

田中研之輔 (たなかけんのすけ)◎ 法政大学キャリアデザイン学部 教授、プロティアン・キャリア協会 代表理事。専門はキャリア論、組織論。著書38冊。大学と企業とをつなぐ連携プロジェクトも数多く手がける。
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