テネフが描く3段階の戦略
テネフが描く次世代の投資家の市場をリードするための計画は、彼が3つのアーク(弧)と呼ぶもので構成されている。第1のアークは「アクティブトレーダー市場の制覇」で、即時的な投資収益が得られるこの分野では、すでにロビンフッドが好成績を挙げている。第2のアークは、約5年以内の中期的な目標で、クレジットカードから暗号資産、住宅ローン、IRAに至るまで、顧客の財布全体を担うようになることという。そして第3のアークは、世界でナンバーワンの金融エコシステムの構築だ。その中核には、おそらくロビンフッド独自のブロックチェーンが据えられることになる。
「この第3のアークは、最初の2つを遥かに超える規模になる。チャンスは最初はゆっくり訪れるが、やがて複利のように膨らんでいく」と、テネフは翌日の株主総会に備えながら語った。
実現は困難、しかし社会に大きなインパクトを与える「トークン化」への挑戦
テネフが進める株式のトークン化の構想は、「ムーンショット(実現が非常に困難だが、達成すれば社会に大きなインパクトを与えるよう野心的な挑戦)」とも呼ぶべきものだ。そして、ロビンフッドがその実験場にしたのが、米国に先駆けてこの分野の法制度を整備した欧州連合(EU)の諸国だ。
テネフはこう語る。「ヨーロッパで進めている実験は、『もしロビンフッドを最初から暗号資産の仕組みだけで構築し直したらどうなるか?』というアイデアを試すものだ。そして、そこで得られた長所と短所を見極めて、欧州版アプリの優れた部分を米国や他の地域にも展開していきたい」。
とはいえ、トークン化された株式の取引ボリュームは、ごくわずかだ。スイスのBacked Finance(バックド・ファイナンス)が新たに立ち上げた「xStocks」はすでにこの分野の先行プレイヤーとなっており、アップルやアマゾンなどの有名企業を含む60銘柄以上の株式をトークン化し、クラーケン、Bybitなどの大手の暗号資産取引所で取引できる。ただし、xStocksの1日あたりの取引量は、現状で1000万ドル(約15億円)未満にとどまる。
ここには構造的な問題も多い。これらのトークンは、実際の株式を裏付け資産とするデリバティブ(金融派生商品)であり、しかもその資産はブロックチェーンの外で保管されている。このため、配当金の支払いや株式分割、あるいは週末の突発的な動きなどによって、担保の評価にずれが生じ、予期しない清算が起きるリスクがある。
「誰かがそのリスクを引き受けなければならない。だが市場が閉じているときに、どうやってヘッジするんだ? リスクを取る以上、マーケットメイカーはスプレッド(売買価格の差)を大きく取り、高い手数料を課すことになる」と、ドラゴンフライのハディックは警告する。「いまはオフチェーン側のインフラも未整備だし、オンチェーンのプロダクトもまだ完成度が低い。正直なところ、こうした初期のプロダクトは失敗するんじゃないかと心配している」。
それでも、業界には次々と参入者が現れている。6月には、ウィンクルボス兄弟が運営するジェミナイが、マイクロストラテジー株のトークン化取引をEUの顧客向けに開始した。コインベースも、株式のトークン化を提供するためにSECの承認を求めていると報じられており、運用資産12.5兆ドル(約1875兆円)を誇るブラックロックのラリー・フィンクCEOでさえ、株式と債券のトークン化の承認をSECに求めている。
そんな中、ロビンフッドはさらに一歩先を行こうとしている。同社は、上場株式にとどまらず、すでにそれぞれの時価総額が3000億ドル(約45兆円)超とされる非上場企業のOpenAIやSpaceXのトークン化を発表している。これに対し、OpenAIはロビンフッドの発行するトークンを公式に否定し、「当社はそのようなトークンを認めておらず、承認もしていない」と明言した。ドラゴンフライのハディックも「創業者であれば、自社株が見知らぬ人の手でブロックチェーン上に出回るなど望まないはずだ」と警鐘を鳴らしている。
ポケットの中のスマホで、プライベートな金融専門家としてAIエージェントを提供
テネフは、こうした批判にさらされることに慣れている。「まだゴチャゴチャしてるよ」と彼は、エンジニアの間で無駄に複雑なソフトウェアを揶揄するスラングを使って現状を認めた。「証券会社は、私たちが彼らの株を外に持ち出しやすくすることなんて望んでない。でも、もしそれが自己管理できるようになったら何が起こるか? トークン化されて、自分で保管できるようになれば、証券会社のインフラに依存せずに済む。暗号資産をMetaMask、ロビンフッド、コインベースのウォレットで管理できるように、今後は株式も、どんなインターフェースからでも保有し取引できるようになる」。
だからこそテネフは、ロビンフッドを若年層のユーザーにとって「お金に関するすべてを管理する唯一のツール」にしようと躍起になっている。個人向け金融サービスの世界で、複利に次ぐ力を持つのが「慣性」だ。いったん利用を始めた顧客はなかなか離れない。だがテネフは、フィデリティ、シュワブ、メリルリンチといった金融業界の古参企業が、何兆ドルにもおよぶ団塊世代の資産を、デジタルネイティブ世代の子どもたちに相続させる過程で、弱点を見せることを見抜いている。そして彼は、最大の競争相手がコインベース、フィデリティなどではなく、アンソロピック、OpenAIのような企業になると考えている。「彼らこそが最速で動き、最も面白いことをやっている。とはいえ、金融業界がChatGPTによってすでに破壊されたとまではいえないけれど」。
ロビンフッドの初期投資家で、テネフが「メンター」と呼ぶミッキー・マルカのファンドは、フォーブスの推計によれば、ロビンフッドへの出資で50億ドル(約7500億円)以上の利益を上げている。そのマルカは言う。「ロビンフッドには、まだ40歳にも満たない、AIに対する感覚が非常に鋭く、AIの進む方向を理解しているリーダーがいる。さらに、トークン化についての理解も深く、この2つの戦略を他の誰にも真似できないレベルで使いこなしている」。
マルカはまた、こう続けた。「ようやく『金融のインターネット時代』に必要な土台が整いつつある。世界中の誰もが、同じ金融商品で資産を築けるようになる。信用審査が進化すれば、融資の金利も下がる。そうした変化がこれから一気に起こっていくんだ」。
テネフは、ロビンフッドが最終的にはAIエージェントを用意して、富裕層向けのファミリーオフィスのサービスを再現し、強化することで、「ポケットの中のファミリーオフィス」を実現できると信じている。ファミリーオフィスとは、超富裕層の一族や家族が、自分たちの資産を管理・運用するために設立するプライベートな専門家組織だ。
AIをその構想の中心に据えるテネフは最近、Harmonic(ハーモニック)と呼ばれる数学の難問に取り組むAIスタートアップを共同創業し、会長に就任している。彼は、この会社をかつて自動運転のスタートアップ「Helm.ai」を指揮していたコンピューターサイエンティスト、チューダー・アキムと共に率いている。
Harmonicは、7月に発表したシリーズBラウンドで1億ドル(約150億円)をクライナー・パーキンス、パラダイム、セコイアなどの有力投資家から調達した。評価額が8億7500万ドル(約1313億円)に達した同社は、「数学的スーパーインテリジェンス」のラボを自称して高度な推論エンジンの開発に取り組んでおり、「精度を保証し、ハルシネーションを排除する」としている。これは、AIと金融が融合する時代に、まさに必要不可欠なテクノロジーだ。
スタンフォードで数学と物理学を学んだテネフは、将来的にモバイルアプリ上で「リーマン予想」、「ミレニアム懸賞問題」などの数学界の未解決の超難問が解けるようになれば素晴らしいと述べて、「ただ眺めるだけじゃなくて、自分もその解決に参加したいと思っている」と語った。
JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEO、ブラックロックのラリー・フィンクCEO、シタデル創業者のケン・グリフィンCEOは、彼の動向を注視するべきだろう。
(forbes.com 原文)


