経営・戦略

2025.08.01 12:00

株価380%増でV字回復のロビンフッド、新暗号資産戦略で奮闘

Images by Jesse Grant/Getty Images

ウォール街に挑んだ、手数料ゼロの衝撃

テネフが目論む「逆襲」を理解するには、ロビンフッドの波乱に満ちた過去を振り返るのが近道だ。2013年、スタンフォード大学で物理学と数学を学んだテネフと共同創業者のバイジュ・バットは、破壊的変革にふさわしいタイミングを見抜いていた。

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大学卒業後、彼らはウォール街を席巻していた超高速取引(HFT)を手がける巨大ヘッジファンド向けにソフトウェアを開発した。その過程で、ヘッジファンドが個人投資家の注文情報(オーダーフロー)に対してほぼ底なしの欲望を抱き、それに対して報酬を支払う用意があることを目の当たりにする。チャールズ・シュワブ、フィデリティ、メリルリンチといった証券会社で1回の取引ごとに10ドル〜25ドル(約1500~約3750円)の手数料を払っていた個人投資家は、そうした取引量を生み出す格好の供給源になり得た。

そして、テネフとバットは、初心者でも簡単に使えて楽しく取引できるモバイルアプリを開発し、口座の最低残高要件も手数料も撤廃した。なぜなら、顧客の注文を実行する見返りとして、ヘッジファンドが報酬を支払ってくれると確信していたからだ。そして彼らはこの「手数料ゼロ」のモデルを、「投資の民主化」というスローガンのもとで華々しく打ち出し、まるで大型ゲームの新作をリリースするかのように世に送り出した。

ロビンフッドが正式にアプリをリリースする前から、アップルのアプリストアにおけるウェイティングリストの登録者数は、100万人近くに膨れ上がった。そして2019年9月には、チャールズ・シュワブ、Eトレード、フィデリティ、TDアメリトレード(2020年にシュワブが買収)といった大手の証券会社が相次いで手数料を廃止した。ロビンフッドが打ち立てたモデルは、新たな業界標準として完全に定着することとなった。

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ゲームストップ騒動という最大の試練

しかし、成功は長くは続かなかった。2021年初頭、パンデミックによる外出制限と数百万件にのぼる給付金の支給により、ロビンフッドでの取引が爆発的に増加する中、同社は「ミーム株」ゲームストップの狂騒の発信源とみなされ、規制当局から激しい非難を浴びることになる。掲示板Redditのコミュニティ「WallStreetBets」に煽られたゲームストップ株は、同社の悲惨な財務状況を無視するかのように急騰した。

この異常な急騰により、ロビンフッドは取引の裏側を支える金融インフラから多額の担保を求められる事態となり、テネフはやむなくアプリ上でゲームストップ株の提供を一時的に停止した。

これが引き金となって利用者の怒りが爆発し、個人投資家たちからは裏切りだと非難が殺到した。この騒動は、議会での公聴会にまで発展し、ロビンフッドで取引していた若者がオプション取引の失敗を苦に自殺した件についても厳しく追及された。

取引アプリから金融スーパーアプリへ

だが、テネフはここで引き下がらなかった。米国の株式取引システムがいかに時代遅れで、不透明で、処理が遅いかを白日の下にさらしたこのゲームストップ騒動は、彼が以前から思い描いていたある構想を一気に具体化させる契機となった。「株式をブロックチェーン上に載せることは現実に可能なのか?」と彼は問いかけたのだった。「私の考えでは、株式の価値は24時間365日取引できるようになることで初めて真に開花する」。

ロビンフッドはまず、ウェストパームビーチに拠点を置くBlue Oceanのような代替取引プラットフォームと提携し、既存システムを活用しながら取引時間の延長を試みた。だがその試みは早々に壁にぶつかる。「金融の根幹をなすインフラの多くは、あまりに多くのものに依存していて、変えるのがこれほど難しいとは思わなかった。今思えば、あの頃の私は無知だった」とテネフは率直に認めている。

一方、ロビンフッドの暗号資産部門責任者ケルブラは、テネフの構想を別のアプローチで実現する方法を模索していた。バイデン政権下の米国では、規制当局がデジタル資産に慎重な姿勢を取っていたため、彼らはヨーロッパに目を向けた。そこではすでに暗号資産の規制が整備されていたからだ。

「新しいインフラでゼロから構築する方が、かえって簡単なこともある。我々はこの技術がどの国にも対応できると信じているし、いずれは世界中のあらゆる地域で展開できる方法を見つけられるだろう」とテネフは語る。彼の「取引量マシン」は、世界中の投資家たちがミームコインのように米国株を取引し始めれば、指数関数的に成長する可能性を秘めているのだ。

ケルブラがヨーロッパで株式のトークン化に取り組んでいた一方で、ロビンフッド自体も別の形で変革を進めていた。2024年3月には、共同創業者で現在の資産が67億ドル(約1兆円)に達するバイジュ・バット(彼は2020年に共同CEOの座を退いていた)が、「宇宙ベースの太陽光発電」という新たな事業に乗り出すため会社を離れた。

顧客からの訴訟の中、次々と新商品を投入

ゲームストップ騒動に関連した顧客からの訴訟が長引く中、テネフは次々と新商品を投入し、個人退職口座(IRA)、高利回りの普通預金口座、300万人以上がウェイティングリストに登録した「3%のキャッシュバック付きクレジットカード」、「現金の即時配送に対応するプライベートバンキング」、さらにこれまで機関投資家向けだった高度なオプション取引ツールなどを立て続けに発表した。

カンター・フィッツジェラルドのマネージングディレクターを務めるブレット・ノブロックは、このような取り組みを通じて、ロビンフッドが「何でも取引できる場所」に進化したと語る。そして、そのような怒涛の新製品の投入は、その立役者であるテネフ自身のライフスタイルとも重なる。ブルガリア生まれの彼は、肩をすくめてこう語る。「起きて、働いて、食べて、運動して、寝る──それの繰り返しだ。妻にはあまり喜ばれないけど、私はできるだけ仕事とプライベートを一体化させる方が好きなんだ」。

ロビンフッドが急成長するなかで、テネフ自身が予想していなかったのは、アクセスしやすい取引の仕組みが起業家精神と深く響き合ったという事実だった。昨年マイアミで開催されたプライベートイベントには、独学で学んだデイトレーダーだけでなく、数多くの小規模事業経営者、スタートアップの創業者たちが参加した。彼らは、自分のビジネスを築いたときと同じ「DIY(自分でやってみる)」的な精神で市場に向き合っているという。

こうした「徹底したインディペンデントな姿勢」こそが、ロビンフッドにとって最大の防波堤なのだとテネフは考えている。「起業家は、他人に任せるよりも自分で試して理解したがる。彼らは他人の助言を信用するより、自分でやり方を見つけるのが好きなんだ」と彼は語る。ロビンフッドは、まさにそんな人たちのために設計されている。仲介者なしで、自分自身の資産を自分でコントロールするためのダッシュボードだ。

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編集=上田裕資

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