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2025.08.10 15:00

「働く母」のしんどさ。いま必要なのは「ケアする人のフェミニズム」

eamesBot / Shutterstock.com

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「ケアの倫理」から読み解く“女性活躍”の現在地と課題。津田塾大学・専任講師の元橋利恵が構想するのが「ケアする人のフェミニズム」だ。本記事は、一般社団法人デサイロが企画・編集を担当している。


2022年、イスラエルの社会学者オルナ・ドーナトによる著書『母親になって後悔してる』が日本で翻訳出版され、ベストセラーになった(注1)。センセーショナルなタイトルも相まって、「母のしんどさ」はメディアにも取り上げられ、NHKの番組「クローズアップ現代」でも特集が組まれることとなり、その後、同特集のディレクターによる母親たちの声も出版されている(注2)。母親になったことで経験するさまざまな不利益、抑圧や生きづらさ、葛藤の存在に目が向けられることとなった契機のひとつであった。しかしなぜ、今このような母親の生きづらさというかたちで問題が語られる、もしくは未だに語られるのだろうか。

なぜ「母はしんどい」のか 苛烈に「自己責任化」する母性

日本政府は15年に女性活躍推進法を策定し、企業では「女性活躍」が謳われるようになった。働く女性の数は増加傾向にあり、20年には女性の就業率は7割を超え(注3)、25歳~44歳の子育て世代の約8割の女性が仕事をしている。共働きもワーキングマザーも珍しくなくなり、従来のような「夫が仕事、妻は家庭」という性別分業はなくなったか、少なくとも薄まったかのように見える。

しかし実態は複雑化していることが指摘されてきた。政治学者の三浦まりは、国家によって女性が労働力として見込まれ「活用」されるのと同時に、少子化対策(それは経済対策でもある)として母になることをも期待され働きかけられる昨今の状況を、「新自由主義的母性」と呼ぶ(注4)。女性の労働力は増加しているが、半数以上は非正規雇用である。政策として推進されてきた育児休業も正社員が圧倒的に中心である(注5)。厚労省のデータによると、有配偶者は共働きであっても家事時間は女性(妻)に大きく偏ったままである(注6)。不安定雇用に従事しながらもなお、依然として家事育児の無償労働も担っているというのが、この国の多くの有配偶女性の姿であるということにもなる。

さらに、北村文は消費社会と新自由主義のなかで母親たちが「インテンシブ・マザリング」(注7)(Hays、1998)に向かわざるをえない実態を明らかにしている(注8)。北村によると、2010年代から20年代にかけての女性向け雑誌における「ワーキングマザー」「ワーママ」という表象からは、現代の母親たちに家事と育児の責任をますますトータルに背負わせ、しかも就業上の成功と両立することを迫る規範的なメッセージを読み取ることができる。北村は、母親たちは、ただ子を健康に育てるというだけではなく、子により豊かな経験を与え、人生の成功を手に入れられるよう、手を尽くさなければならなくなった状況で、従来よりもさらに重責を背負い、思考し、忙しさのなかで駆り立てられていると指摘する。


注1: オルナ・ドーナト著、 鹿田昌美翻訳、 2022、『母親になって後悔してる』新潮社
注2:髙橋歩唯・依田真由美、2024、『母親になって後悔してる、といえたのなら』新潮社
注3:男女共同参画局「男女共同参画白書 令和4年版」https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r04/zentai /html /zuhyo/zuhyo02-02.html
注4:三浦まり、 2015、「新自由主義的母性(『女性の活躍』政策の矛盾」『ジェンダー研究』責任化する母性」という言葉で現代の状況を表現した(注9)。戦後の高度経済成長で大衆化した近代家族とその性別分業のもとで、「母性」はこれまでも女性の「自己責任」とさ(18)pp. 53‒68.)
注5:永瀬伸子、 2024、『日本の女性のキャリア形成と家族雇用慣行・賃金格差・出産子育て』勁草書房
注6:厚生労働省「平成29年版 労働経済の分析 -イノベーションの促進とワーク・ライフ・バランスの実現に向けた課題-」https://www.mhlw.go. jp/wp/hakusyo/roudou/1 7/backdata/3-2-13.html
注7: Hays, Sharon (1998)The Cultural Contradictions of Motherhood, Yale University Press.
注8:北村文、 2025、「現代日本社会におけるインテンシヴ/トータル/ネオリベラルな母の表象──「ワーママ時短術」から「マミーテック」へ」(『ジェンダー研究』(27)pp. 67-90.)

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文=元橋利恵 企画・編集=一般社団法人デサイロ

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