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2025.08.10 15:00

「働く母」のしんどさ。いま必要なのは「ケアする人のフェミニズム」

eamesBot / Shutterstock.com

今必要な「ケアする人のフェミニズム」

大沢真理は、日本の生活保障は「男性稼ぎ主」の型が強固であり、ひとり親(多くは女性)の貧困リスクの高さから、女性が働き、自律的に子を生み育てることへの「女性処罰」があることを指摘する(注16)。またフェミニストであるアドリエンヌ・リッチ(注17)や母親研究者のアンドレア・オライリー(注18)は、家父長的で、母親のケアの価値や意味が切り下げられる社会では、母親たちは経済力だけではなく、政治的権利、自律性など、自身のケアを自身で意味づけたり、その経験が権威を獲得するということから構造的に遠ざけられることを論じてきた。現代であっても、女性(のみ)は、母になることで経済力が減じる「マザーフッド・ペナルティ(注19)」があることは知られている。だがそれだけではなく、良いケアを行うために、どこで誰とどのように行うか(それは必ずしも夫と二人で、でなくてもよいはずである)、自分に必要な環境、条件を望み、手にすることからも遠ざけられる。

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これは、まさにケアする人のフェミニズムが必要であるということを意味している。フェミニズムとは、岡野八代が整理するように(注20)、家父長制と資本制のなかでさまざまな抑圧状態におかれ、矛盾を生きざるをえない女性たちが、自身の経験を自身の言葉で語り意味づけることから始まってきたためである。ケアの倫理の原点もそこに見いだすことができる。現代のケアの危機と、それを土台から変革していくためには、フェミニズムが浸透していくことが重要だといえるだろう。

「でも、フェミニズムって微妙な印象……」という声もよく聞く。菊地夏野は、フェミニズムの進展のようにみえて実は非常に巧妙に女性たちの首をしめるような、「ネオリベラル・ジェンダー秩序」の存在を指摘する(注21)。簡略的にまとめると、1980年代以降形成されてきたネオリベラル・ジェンダー秩序のもとでは、フェミニズムは、企業でバリバリに働き、子育て・家事・介護も頑張る「輝いている」女性のものとみなされるようになる、ということだ。フェミニズムの在り方自体も、ネオリベラルな文脈に回収されたり、水路づけられる隘路と隣り合わせであることに気づかされる。フェミニズムは多様で、好き勝手で、混沌としたものであることがもっと思い出されてもいいのかもしれない。

私たちが、ケアしケアされることを権利として思い出し、特にケアする人(母親である人)がエンパワーされ、自身で望ましいケアを追求できることを社会的に支援されるようになるためには、どのような条件をふやしていけばよいのか。まずは、ワーキングマザーである人が安心して働き続けられる職場であるか、周囲の人はぜひ「ワーキングマザーが罪悪感を抱かず安心して働ける環境にしたい」という意志をもち、どのようなかたちでもよいので職場で言葉にしてみてほしい。もしそれがうちでは難しいと感じた場合、それはなぜなのか、からでよいと思う。ケアを中心にした変革はそこから始まるのではないだろうか。

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注16:
大沢真理、2025、『生活保障システムの転換 〈逆機能〉を超える』岩波書店

注17:Rich, Adrienne Cecile,1976, 『Of Woman Born:Motherhood as Experience and Institution』 W. W.Norton.
注18:特にオライリーは近年の著書において、そのような構造を母親たちが乗り越えていくためにはエンパワーが必要であり、その際には母親たちに「エイジェンシー(agency)、権威(authority)、真実性(authenticit y)、自律性(autonomy)、提言やアクティビズム(advocacy-activism)」が必要であることを述べる。Andrea O’Reilly, 2 0 2 1,『Matricentric Feminism as Scholarship: Maternal Theory’in Matricentric Feminism:Theory, Activism, Practice』Demeter Press, pp.49-134
注19:竹内麻貴、2018、「現代日本におけるMotherhood Penaltyの検証」(『フォーラム現代社会学』(17), pp. 93-107.)
注20:岡野八代、2024、『ケアの倫理』岩波新書
注21:菊地夏野、2021、「ポストフェミニズムから99%のためのフェミニズムへ」(日本女性学会編『女性学』(29),pp. 12-22.)


元橋利恵◎津田塾大学学芸学部国際関係学科専任講師、博士(学術)。専門は家族社会学。主要業績は『母性の抑圧と抵抗──ケアの倫理を通して考える戦略的母性主義』(単著、晃洋書房、2021年)、論文「ケアを語るという政治──障害者の母親業を担うある女性のライフヒストリーから」(北海道社会学会『現代社会学研究』、2022年)など。第16回平塚らいてう賞奨励賞受賞。

一般社団法人デサイロは、人文・社会科学分野の研究者とともに、多様なプロジェクトを生み出すアカデミックインキュベーターです。「研究“知”とともに次なる社会を構想する」をミッションに、「知の創造と流通」を支えていきます。研究から生まれる理論や概念の社会化、アカデミアの外側における議論・探求の場を創出することで、社会の課題解決や新たなる文化の生態系への貢献を目指します。

文=元橋利恵 企画・編集=一般社団法人デサイロ

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