祖父と一緒に食べた味を再現
陳さんが料理に関心を持つようになったのは、食通だった祖父の影響だった。浙江省寧波出身の彼の祖父は1949年の中国建国前には酒造業などで財をなし、レストランも経営していた。
しかし1960年代から始まった文化大革命で「資産階級」として批判され、財産も名誉も失ったという。失意の晩年を過ごした祖父は、それでも孫の彼を連れて街に出かけ、おいしいものを食べさせてくれたそうだ。
陳さんは「上海の四川料理店で食べた麻婆豆腐のおいしさはいまも忘れられない。私の店の麻婆豆腐は、祖父と一緒に食べた味を再現することだ」と朝日新聞のインタビュー(「『中国のもう一つの顔』ガチ中華 祖父と食べた麻婆豆腐の味、行列に」2025年4月26日 山根祐作記者)で答えている。
陳さんと同じ世代の新華僑のなかには、1960年代に起きた自分の祖父の世代の不遇の記憶を語る人物は少なくない。彼らの来日は、こうした記憶と無縁でなかっただろうとも思う。
創業30周年記念パーティーの会場には、陳家私菜をずっと応援してきた多くの若い日本人が集まっていた。その光景を見て、陳さんの胸にも感極まる思いがあったことだろう。
ガチ中華がこうして日本に根づき、日本人がこれまで知らなかった中国由来の豊穣なる料理が多数供される時代になったのも、陳さんのような第一世代の粘り強い努力があったからだと筆者はあらためて思った。


