文化と経済に新たな接点を創造する「カルチャープレナー」。その活動を後押しする京都市と、東京八重洲・日本橋・京橋といった日本経済の中心地を担う東京建物が、文化と経済の好循環を見据え、CULTURE PRENEURS11名と多様な領域のCXO、金融機関、支援者らとともに、一堂に会す場を設けた。ここでは新たなインサイトが生まれたキーノート・セッションの一部を紹介する。
コロナ禍をへて日本文化が三度世界へ
起業家、投資家、事業会社が集う日本最大級のスタートアップカンファレンス「IVS Kyoto 2025」最終日となる7月4日。そのサイドイベントとしてForbes JAPAN 藤吉編集長司会進行で、「カルチャープレナー交流会~文化と経済の好循環を目指して~」が京都市内で行われた。
カルチャープレナー(文化起業家)とは、文化やクリエイティブ領域で新しいビジネスを広げ、豊かな世界を実現しようとする人を指す。カルチャープレナーの支援団体、カルチャープレナーコレクティブズの理事も務めるBIOTOPEのCEO佐宗邦威は 「世界の流れとして『ジャポニズム3.0』が来ている」とキーノート・セッションの口火を切る。
「19世紀に浮世絵が、20世紀後半に電気製品が席巻した時代をへて、コロナ後の今、改めて日本文化が注目されています。アニメ、漫画、ゲームを入り口に、食や工芸がある。その背景にある日本の精神性が幅広く、奥深く世界から認知されつつあるように感じます」
現在の日本の国際収支で黒字なのは、IPとインバウンドのみ。これらを生かして文化的価値を上げていくことが、今後の日本経済の鍵を握る。
「日本は文化と経済を接続しなければ国が持たない状況にあります。そして、この二つをつなげられる存在こそがカルチャープレナーです」
キーノート・セッションにはカルチャープレナー代表として、シーベジタブル共同代表の友廣裕一とB-OWNDプロデューサーの石上賢が登壇。佐宗は2人を「この2〜3年で一気に文化と経済の両輪を回し始めている人だ」と評する。
文化の最前線でビジネスを展開する2人の目には、何が見えているのか。モデレーターを務めた佐宗の進行のもと、それぞれの現在地、そこから見えてくる世界の潮流について語られた。
2030年には市場規模1.7兆円。海藻に集まる世界からの共感
海藻の生産を通じた食文化のアップデートを目指すシーベジタブル。「今、海藻が世界から注目を集めている」と友廣は言う。
「海藻は太陽光だけでタンパク質を生み出すことができ、例えば海苔は40%がタンパク質です。海藻はサステナブルでヘルシーでエシカルな、人類がこれから向き合うべき食材。世界銀行が2023年に発表したレポートでは『2030年には海藻が1.7兆円の産業になる』と試算されています」
世界では過去ほとんど海藻は食べられてこなかった。そんな中、一気に存在感を高めているのが日本だ。
「海藻の食文化の最先端は日本です。日本には1500種類もの海藻が生え、約50種類が食べられている。縄文時代から海藻を食べ続けてきた歴史と多様性は圧倒的で、世界中の星付きレストランのシェフが『海藻の食べ方を教えてほしい』と日本にやってきて、僕らのところにも訪れるほどです」
ただ、日本の海藻の収穫量は減少傾向にある。海苔の生産は20年間で半分以下に落ち込み、価格はこの4年で2倍以上に。日本国内の一人当たりの海藻の消費量も28年間で50%減った。その現状をシーベジタブルは「新たな生産技術」と「食文化のアップデート」によって変えることを目指す。
「海藻はこれまで天然採取が中心でしたが、僕らは研究開発を重ね、10種類以上の海藻の量産技術を確立しました。一方、和食でしか海藻を食べないことで海藻の消費が減っていることから、多様化する食文化に適応した新しい海藻の食べ方を開発しています。そうやって両輪を回すことで、日本の食文化を守り、発展させたいと考えています」
海で海藻を育てると、海の生き物が増える。それは養殖の海藻であっても変わらない。研究の結果、そんなエビデンスが取れたことで潮目は一気に変わったと友廣は振り返る。
「海藻の消費量が上がるほど海藻の生産は増え、海の環境は良くなっていく。つまり海藻は消費されることで好循環が回る商材です。小売業の中には『川下から社会を変えたい』という強い思いを持っている方がいるのですが、そこに海藻がフィットしました」
2024年秋には伊勢丹新宿店と日本橋三越本店のデパ地下を海藻でジャックする「EAT&MEET SEA VEGETABLE」という企画が実施され、120店舗が海藻を使った170以上の新商品を開発。さらには、セブン&アイ・ホールディングスや良品計画など大手企業からも声がかかり、新たな企画につながっている。日本が世界をリードしている海藻食文化は、国内でも再定義されつつある。
「これまでも海藻は『美味しくて、体に良くて、海にも地域にもよいものだ』と信じてはいたものの、その価値が伝わりづらいのを感じていました。そこにエビデンスを示せたことで、一緒に食文化をアップデートしようとする人が現われて世界線が変わっていった。今では僕らの事業に共感した方が自走してくださっているような感覚があります」
「次なるアートは工芸」。世界トップキュレーターの視点
B-OWNDは「テクノロジーを活用し、日本の工芸をアートとして世界に広める」ことを掲げる。石上は工芸をアプリケーションに、その基盤となる評価基準や様式をOSにたとえ、こう説明する。
「工芸を単体で輸出しても、文脈が切断されてしまっては本来の価値は伝わりません。アプリケーションとOSはセットであり、要するに様式自体を輸出して展開することが重要です」
2024年にはマイアミで行われた世界最大アートフェア「SCOPE MIAMI BEACH 2024」の一角に茶室を作り、茶会を通じて世界に祈りを捧げる作品「"Ichinen” ーーThe Life Force at Every Moment」を発表した。
「茶器や掛け軸、生花、お茶会を開催できる権利などをNFT化し、それら一式をセットにして数千万円の価値がつき実際に購入されました」
千利休からはじまった茶道界でもお茶の行為自体に値段がつくということが初めて。海外市場にとってどれだけ日本文化が尊ばれているのかがわかる歴史的な出来事だったのかもしれない。
従来は国内を中心に活動していたが、近年は海外顧客が激増。2024年は売上の20%が海外を占め、「今年は昨年を超える勢いがあり100万円を超える作品が毎月SNSを介して売れている」(石上)。
「ある欧州の著名なキュレーターは、現代アートは末期であると話しています。1917年にマルセル・デュシャンが『泉』を発表したことで現代アートが始まり、価値基準はビジュアルの美しさからコンセプトに変わりました。一方、美術史は揺り戻しの連続であり、現在は、価値の源泉がコンセプトだけではなくなってきており価値基準が移行しつつあります。新しい価値基準の象徴としての工芸に可能性があるのではと世界のキュレーターが言っているのです」
そこへの追い風となったのが配信サービスだ。日本のアニメが一気に世界へ広まったことで「日本の考え方を海外のクリエイターが理解できるようになった」と続ける。
「西洋の美術史はキリスト教がベースであり、二元論です。片や東洋はもののあわれや侘び寂びなど曖昧であり、ゆえに説明が難しかったわけですが、それが世界に浸透してきている。そうした流れの中で、日本の文化や工芸の理解が大きく進み、様々な国や機関から展示の依頼が来ています」
戦争や経済格差、異常気象。奇しくも不安定な世界情勢によって「日本文化に価値が帯びる」と石上は指摘する。
「わびさびは、戦国時代に浸透し今に伝えられてきた概念であり、明日生きられるか分からない中で発展してきました。言語だけでなく、茶道などフォーマットとして儀式化することでつないできた文化が日本の美しさ。分断や対立を乗り越えてきた文化形態であり、それが西洋から望まれているのを感じます」
鍵は産業を超えた「文化×経済」の共創
海藻と工芸。それぞれ領域は異なるが、「自分たち以外」の存在の重要性が共通点だ。石上は「共創が不可欠」と、連携の重要性を訴えた。
「産業と文化が分断してしまっているのは、文化が短期的にはお金になりづらいからだと思います。でも長期的な視点に立てば金閣寺のLTVはすさまじく、国益になり続けます。歴史あるものに現代性を掛け算することで価値が生まれると考えれば、日本文化全体の価値が上がることで、そこに乗っかるブランドが成立する。それは企業が個別にやれることではなく、国家統合戦略として考える必要があると思っています」
石上は韓国の文化統合戦略を例にあげ、「K-Popと韓国ドラマで席巻し、そこにコスメとファッションを乗せ、最後に伝統文化を串刺しにする構成」と説明する。大きな絵を描き、産業を超えて取り組まなければ太刀打ちはできない。
「全員でまとめてかからなければいけません。どうすれば日本文化全体の付加価値が上がるのか、みんなで共創し、底上げをする。そんなムーブメントをつくっていくのが急務だと感じています」
友廣は「お金だけで実現できることではない」と前提し、仲間を増やすことが必要だと語る。
「文化を作り、その先の世の中を変えるのは、僕らだけで背負えるものではありません。みんなでやれば絶対に世の中は良くなっていくし、文化ができれば皆さんの暮らしが豊かになる。海藻は肥料やバイオプラスチック、燃料など、食以外にも多様な展開があるはずなので、大企業を始めさまざまな方たちと事業創出をやっていきたいです」
日本文化をアップデートし、世界に飛び込んでいく希望の文化起業家たち。今回、交流会に出席したCULTURE PRENEURSは以下の11人(同行者除く。五十音順)。今後も京都市と東京建物はCULTURE PRENEURSを支援し、世界に誇る日本文化醸成の新しい兆しを模索していく。
秋吉浩気(VUILD CEO)
石上 賢(丹青社 B-OWND室 室長 / プロデューサー)
扇沢友樹(めい 共同代表)
小山ティナ (Pieces of Japan 代表取締役)
諏訪将志(水玄京 代表取締役社長 角居元成 代理)
高橋史好(concon代表取締役社長 / TOKYO LOLLIPOP)
塚原龍雲(KASASAGI 代表取締役社長)
友廣裕一(シーベジタブル共同代表)
藤本 翔(Casie 代表取締役)
矢川裕士(ヘラルボニー Co-CEO 松田 崇弥 松田 文登 代理)
山川智嗣(コラレアルチザンジャパン代表取締役 / 建築家)



