ライフ桜新町店の開店1時間前。店舗スタッフが品出しで動き回るなかで撮影の準備をしていると、その様子を見たパート従業員が「このほうがきれい」と野菜の位置を整え始めた。広報担当者が店舗や商品の映り方を気にするケースは少なくないが、パート従業員が自ら動くことは珍しい。ライフを率いる岩崎高治にそのことを伝えると、相好を崩した。
「小売業は本部主導でトップダウンになりがち。現場一人ひとりが考えて動いてくれるのはうれしい」岩崎が満足げな表情を浮かべるのはよくわかる。強烈なカリスマ創業者から社長を引き継いで19年。岩崎は現場の声を生かすことでライフを成長させてきたからだ。
チェーンストアは同じフォーマットで展開することが基本だ。ライフも原則は同じだが、岩崎は現場の要望をできるかぎり尊重してきた。
2024年5月オープンの目黒八雲店は地域にアッパーなニューファミリー層が多く、店内でチーズを加工する「CHEESE HOUSE」コーナーを設置した。大型店にチーズ加工コーナーを設けるケースはあるが、目黒八雲店は中型店。通常なら検討すらされないが、店長たっての希望だった。こうした個店施策が当たり、売り上げは好調だ。
もちろんすべてフリーハンドで任せるわけではない。新店のレイアウトは経営層の決裁が必要だ。
「重視するのは提案者が真剣に考えているかどうか。目黒八雲店は初代店長がオープン8カ月前から地域に入ってリサーチしていた。熱意が伝わってきたら、従来の理論から多少外れていてもオーケーを出します」
店舗にも頻繁に顔を出す。予告すると現場が構えるので、「いつもひとりで勝手に行く」。トップが突然来店したら緊張が走りそうだが、若手やパート従業員はウェルカムだという。「私を見ると、上司に言いにくいことを直接伝えようと駆け寄ってくる人もいます。今年制服を刷新したのですが、先日はパートの方から『着づらいわよ』と怒られました(笑)」
岩崎が現場を重視するのは、社長就任の経緯と無関係ではない。1989年に三菱商事に入社し、果汁担当に。5年目にイギリスに赴任して食品メーカーに出向。そこで運命の出会いを果たす。ライフ創業者清水信次が視察に訪れ、3日間アテンドしたのだ。
「実は断片的な記憶しかないんです。でも、清水が帰国して1年たった後、私をライフに欲しいと言っていることを聞きました。会社は渋っていたようです。でも私は川上、川中を経験したものの、川下の小売りは未経験。なので、ぜひやってみたいなと」



