一方、ラブロフ外相に同行したロシア紙コメンサルト記者の記事は興味深い。ロシア代表団の動きに合わせて北朝鮮の観光客の数が増えたり、ホテルの様々な場所で、ずっと同じ人物たちが「余暇を楽しんでいたり」という光景は、演出を強くにおわせる。脱北した朝鮮労働党の元幹部は「朝鮮は大量動員が得意な国。数千人くらい集めるのは簡単なことだ」と語る。
また、ホテルでの食事はフルコースなのに約1500円、空港からホテルに向かう看板のすべてに英語が併記されていたという。上述の元幹部は「おそらく、ロシアの代表団や観光客を起点に、世界中にこの観光地区をアピールしたい思惑があるのだろう」と語る。ホテルで使う食材は国家が保証して供給しているため、安価に提供できたのだろう。もちろん、利用客が増えれば、北朝鮮が得意とする「自力更生」が始まるため、このままの価格は維持できないだろう。
また、北朝鮮では個人の趣味で看板のデザインを決められない。北朝鮮は誇り高い「主体(チュチェ)の国」だから、平壌でも基本的に看板は朝鮮語表記だ。ロシア人が読めるキリル文字ではなく、英語を併記したのは、将来的に欧米からの観光客の受け入れを狙う戦略なのだろう。金正恩総書記は2018年6月のシンガポールでの米朝首脳会談の際、高級リゾートホテル「マリーナベイ・サンズ」を自ら視察した。トランプ米大統領が北朝鮮へのホテル投資を考えているという未確認情報も流れている。
今月、中国・上海と平壌を結ぶ航空便が復活したほか、北京と平壌を結ぶ国際鉄道も約5年半ぶりに再開した。中国の王亜軍駐北朝鮮大使も最近、北朝鮮各地を視察し、北朝鮮観光事業に協力する姿勢を示している。中国としては、米朝首脳会談が開かれた場合に備え、あらかじめ中朝関係を正常な状態に戻しておきたい思惑があるのだろう。中国人団体観光客の北朝鮮観光再開も遠くないかもしれない。
ただ、中国人の北朝鮮団体観光は過去最高だった2019年当時でも年間35万人程度だった。太永浩・元駐英国北朝鮮公使によれば、北朝鮮は同地区で年間100万人の観光客を受け入れる皮算用をしているという。やはり、最終的にはトランプ米大統領との会談を契機に、欧米から観光客を呼び込みたい考えなのだろう。
元山葛麻海岸観光地区は、日本海に細長く突き出た半島に位置する。両側から潮風が吹き付けるため、施設が傷みやすい環境にある。また、北朝鮮は当初、2018年中の完工を目指していたが、制裁による資材不足や新型コロナウイルスの感染拡大もあり、完工が7年も遅れた。上述の元幹部は「コンクリートが傷んだ可能性もあるし、金正恩の怒りを招かないために突貫工事を行った弊害もある。予想以上に建物の劣化が進む可能性がある」と語る。
北朝鮮が7月の開業にこだわったのは、海水浴シーズンに合わせて内外にアピールしたい計算があったのだろう。焦りが見えるが、観光客でにぎわう日が来るまで、この「豪華」な建物群が現在の状態を維持できるかどうかはわからない。


