食&酒

2025.08.08 15:15

シチリア名ワイナリーCEOが富士山麓訪問━━「溶岩と雪」で繋がるワインの糸

富士山麓「富士山ワイナリー」を訪れた、「プラネタ」CEO アレッシオ・プラネタ氏

「ミネラリティ」に共通点 

両者のワイナリーの比較テイスティングでは、「ミネラル感が共通している」「同じ方向性の味わいがする」とうなずき合う二人の姿が印象的だった。ちなみにワインの説明によく使われる「ミネラル感」とは何か。「ミネラリティとは、味や香り、気候条件や栽培方法など様々な要因が組み合わされ、個人が脳内で感じるもの。ある意味、旨味と共通するかもしれない」とプラネタ氏は説明する。

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あらためて二つの産地を比較してみると、富士山とエトナ山には、多様な微量元素が複雑に混ざり合った黒い火山性土壌、豊富なエネルギー、そして生物多様性の豊かさという共通点がある。 どちらも大陸プレートの衝突で生まれた比較的若い火山だ。

一方で重要な違いもある。まず大きく異なる気候条件。シチリアはより乾燥した気候を持ち、年間600mmのほとんどは冬に降るのに対し、富士山麓は約2500mm(!)と極めて多い。また、両者とも3000m級の標高で、畑も同じくらいの標高だが、畑の立地が異なる。エトナ山では斜面の段々畑に畑があるのに対し、富士山の畑は山の麓に位置している。この違いは日照条件や水の流れに大きく影響する。

 エトナの地形を説明するプラネタ氏
エトナの地形を説明するプラネタ氏

さらに、噴火の頻度による土壌の違いも重要だ。エトナ山は活発な噴火により火山灰が新しいが、富士山は300年以上噴火しておらず、土壌の成熟度が異なる。これらの差異により、シチリアの品種を日本に植えても、甲州をシチリアに植えても成功しないだろう、とプラネタ氏は分析する。

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共通するワインツーリズムの伸長

「こうした酸のきいた軽やかな味わいは、いまの世界的トレンドとも合致する」と富士山ワイナリーの甲州のスパークリングを口にしながらプラネタ氏は語る。「土着品種を活かす、という点で私たちと共通している。シャンパーニュやプロセッコと競争せず、全く違う路線のものを造っていかないと残れない」。

富士山ワイナリーに助言を与えた著名な醸造学者、故・ドゥニ・デュブルデュー教授の金言も、「他のワインを真似しようとするな」だった。エイミー氏は、「日本料理に合う、ここにしかないワインを造りたい。海外の人に『こんなワイン、初めて飲んだ』と言ってもらえるのが嬉しい」と顔をほころばせる。

PLANETAのエトナ山麓ワイナリー
プラネタのエトナ山麓ワイナリー(提供:日欧商事)

日本の象徴である名峰を名に冠しながらも、あまり市場で見かけることがなかった富士山ワイナリー。それもそのはず、これまで東京の飲食店向け卸売販売が中心だったためだ。しかし、コロナ禍でキャンプ需要による観光客が増えたのをきっかけに販売戦略を転換。先日、ついに小売比率が卸売を上回ったという。

その背景には、日本全国で広がるワインツーリズム人気がある。世界的観光地に最も近い同ワイナリーは、外国人観光客の需要も高い。2024年夏にはカフェを開設し、一般客の受け入れを本格化した。

比較のため供されたプラネタと富士山ワイナリーのワイン。左から、エルツィオネ1614ピノ・ネロ 2020、 エルツィオネ1614 リースリング 2020、 エトナ・ロッソ 2022、 エトナ・ビアンコ“コントラーダ・タッチョーネ”2023、 ブリュット・メトド・クラッシコNV
比較のため供されたプラネタのワイン。左から、エルツィオネ1614ピノ・ネロ 2020、 エルツィオネ1614 リースリング 2020、 エトナ・ロッソ 2022、 エトナ・ビアンコ“コントラーダ・タッチョーネ”2023、 ブリュット・メトド・クラッシコNV(提供:日欧商事)

「ゆっくり滞在して、雲の光の変化を楽しんでほしい。季節を変えてまた訪れたくなるワイナリーにしたい」とアーネスト氏。「かっちりとした見学ではなく、海外のように気軽に見学してほしい」とエイミー氏も意気込みを語る。

大雨の取材当日は富士山を一目見ることもできなかったが、それが次回の訪問の理由にもなる。「シチリアでも、過去10年間でワインツーリズムは急拡大し、イタリアのローカル文化が再発見されている」とプラネタ氏。「シチリアはゴッドファーザーだけではない」と笑う。

「次回はシチリアで」と意気投合
「次回はシチリアで」と意気投合

プラネタ氏の富士山訪問は、日本ワインが世界的注目を集める理由を明確に示したともいえる。それは単なる技術的進歩ではなく、風土への理解と、その土地でしか造れないものへのこだわりだ。グローバル化が進む中で、真にローカルなものこそが世界で価値を持つーこれが「今の日本ワイン」が面白い理由なのかもしれない。


「溶岩と雪のあいだに、
シチリアと日本のあいだに、
美の糸が流れている━━
二つの火山、二つの文化、
そして同じく調和への情熱。」


ーフォスコ・マライーニ(イタリアの写真家、登山家、人類学者、東洋学者)の著書『パロパミソ』より

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