アート

2025.07.25 17:15

「小さな奇跡」が連続 神戸のアーティスト・イン・レジデンスが変えたもの

米国から来たジェシーとドイツから来たヴァレリア

昨年9月にウクライナのハルキウ出身であるが、ロシアの侵攻のために故郷に戻れず、各国を巡っていたセルゲイ・オニシチェンコがAiRKに滞在。彼は世界各地を点々とする放浪音楽家で、電車内の放送や居酒屋での話声などその土地で収録した音声を使いながらインディーフォークの楽曲を制作している。

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AiRK滞在中に神戸を舞台にした「Kobe nights」というアルバムをつくっていたが、同じく滞在していた画家の水野暁(あきら)と意気投合。水野が描いたリビングから見える神戸の風景の水彩画をアルバムのジャケットに採用した。

水野が描いた「Kobe nights」のアルバムジャケット
水野が描いた「Kobe nights」のアルバムジャケット

管理人の松下から話を聞いた日には、米国から来たジェシー・ラレイ・フェルナンデスとドイツから来たヴァレリア・シュナイダーという2人の画家も滞在していた。2人は「オープンコール」という公募型でAiRK滞在を申し込んできて、近隣にある「C.A.P.(芸術と計画会議)」が運営するスタジオで日々制作をしている。

ジェシーは5月21日からの滞在で、ヴァレリアが6月1日からで、AiRKでの出会いが初対面だった。さらに6月9日に来た衣裳作家の南野詩恵(みなみの・しえ)も2人に気を寄せ、制作中のスタジオを南野が訪問。すると今度は南野が衣装づくりをしている現場に、ジェシーとヴァレリアが訪ねたという。

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ジェシーとヴァレリアが南野のアトリエを訪問
ジェシーとヴァレリアが南野のアトリエを訪問

このような相互の刺激こそが、出会うことがなかったはずの人たちを結びつける「小さな奇跡」そのものと言えよう。

AiRKで街が変わっていく

AiRKに滞在する芸術家やクリエイターたちは、神戸にあるいくつかの文化施設や展示施設、あるいは活動団体と連携して、作品などを発表するのが滞在の条件となっている。

公募型だとどんな人物が来るのかわからないというリスクを考慮し、当初はこれを避けていたが、昨年2月から2部屋を上限に誰でも申し込める「オープンコール」という方式を導入。異なる分野や異なる国の人たちの偶然の出会いが生まれる機会も増えた。

AiRKは滞在するアーティストにとっては魅力的な拠点であることは間違いない。しかし逆に、神戸の街や人たちにプラスの効果を生んでいるのだろうか。松下は自信たっぷりに次のように答えた。

「AiRKに滞在するアーティストが活動している文化施設や活動団体の人たちを招いて毎年春に活動報告会をしています。そこで、彼らや彼女たちからはまさに渇望していた施設だと聞きました。海外から招聘してもホテルは高くつくので、自分たちの家で居候していた事例もあったようです。アーティストの表現の幅も広がったとすごく喜んでいました」

開設した3年前、松下でさえこの現在の様子は予見できていなかったという。だが、「小さな奇跡を積み重ねるうちに、それが当たり前になって、街自体が変わっていく。星屑を集めると風景が変わるように。ここのリビングで一緒に食事をして、キッチンで料理をつくるだけで、なんだか勝手に変わっていくように感じます」と未来への期待も語った。

ざるそばを滞在者と楽しむ松下(右)
ざるそばを滞在者と楽しむ松下(右)

実は、そんな松下は、これまでの仕事の大半はホテルでの勤務だった。神戸の3カ所のホテルで、通算すると24年間働いてきた。その後、神戸市役所の広報部門に勤務すると、「神戸フィルムオフィス」で映画やドラマなどのロケ支援をこの3月まで続けた。そして4月から、アーティスト・イン・レジデンスの活動に専念しようと舵を切ったのだ。

松下はこれまで人をもてなしたり、喜ばせたりするのが好きだったという。「このAiRKでの活動が自分のこれまでの人生の『ご褒美』に思える」と語った彼女の言葉が、私の記憶には深く刻み込まれた。

連載:地方発イノベーションの秘訣
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文・写真=多名部 重則

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