米国で最先端の知見を得て中国で起業
中国では「ユー」というファーストネームを名乗るシャは、中国北西部の甘粛省で、大卒でエンジニアという両親のもとで育った。1988年に広州の中山大学で生化学の学位を取得した彼女は、奨学金を得て英国のニューカッスル大学に進み、分子生物学と微生物学で博士号を取得した。そして、1996年に米ケンタッキー州のルイビル大学でがん研究を行うために渡米した。
その4年後にシャは、創業者のクレイグ・ヴェンターが世界に先駆けてヒトゲノムの解読を完了したことで知られるセレラ・ジェノミクスに入社した。サミット・セラピューティクスの取締役であるブースは、2002年にセレラの最高科学責任者に就任し、若手の育成も兼ねて、シニア科学者が参加する研究委員会の会議を組織していた。「ミシェルはその中でおそらく最も若い研究者だったが、最も鋭い質問を投げかけていた」と彼は振り返る。
ブースはまた、彼女に「アッセイ」と呼ばれる創薬に用いられる複雑な検査のプロセスを任せたこともある。これは彼がロシュ時代に、4人のベテラン研究者を使って10週間をかけてようやく機能させたものだった。その結果、シェは彼が何カ月もかかると思っていたプロセスを、わずか2週間で完成させて良好な結果を出したという。「彼女は非常に優れた科学者で、生産性が高く、しかも謙虚だった」とブースは述べている。シャはその後、バイエルとその他の2社で勤務して、米国の市民権を取得した。
品質へのこだわり
彼女はその後、アケソの創業でもこうした成果主義の姿勢を取り入れた。中国からZoomでインタビューに応じたシャは、会社の立ち上げにあたってパートナーたちとともに「最良の大学の卒業生を採用する」と決意して、複数の名門大学が拠点を置く広州まで車で約80キロ移動して、友人が働く病院の会議室を借りて学生の面接を行ったと語った。彼女のチームは、初期の段階では投資家を見つけるのに苦戦したが、その後、裕福な起業家から約300万ドル(約4億4100万円)を調達した。
2015年にシャは、製薬大手のメルクがCTLA-4というタンパク質を標的とする免疫療法薬の候補を探しているという情報を耳にした。アケソはその当時、同じターゲットに対する薬を開発中で、以前にメルクのチームの人物と出会ったことがあったシャは、その人物に連絡を取り、最終的に自社の候補薬を2億ドル(約294億円)でメルクにライセンス供与する契約をまとめた。
これは、中国企業が自社開発したモノクローナル抗体をグローバルな大手にライセンス供与した初の事例となった。「このことは、私たちの会社の信頼を高めることにつながった」とシャは振り返る。「この契約を勝ち取れたのは、私たちの品質とスピードが評価されたからだ」。
中国からがん治療に新風を送り込む
シャが率いるアケソは、科学的進歩に重点を置いており、3500人の社員の約3分の1が研究開発に従事している。「私たちは科学と生物学の最先端技術に集中している。それこそが違いを生むと考えている」と彼女は語る。創業13年の同社は、中国の規制当局から5つの薬の承認を取得しており、その中にはメルクのキイトルーダと競合するイボネシマブが含まれる。また、中国の他の企業にライセンス供与した2つの開発薬も承認された。頭頸部がんの中でも稀ながん種である上咽頭がんの治療薬も、今年4月に米国食品医薬品局(FDA)から承認された。
香港拠点のCMBインターナショナルによると、アケソの今年の売上高は前年比59%増の約4億7000万ドル(約690億9000万円)に達すると予想される一方、純損失は2700万ドル(約39億6900万円)となる見通しだ。


