小学館「ピッカピカの一年生」、セブン-イレブン「セブンイレブンいい気分」はじめ数々の大ヒットCMを手がけ、国内外で受賞歴多数の伝説的クリエイティブ・ディレクターがいる。電通で活躍ののち、現在はライトパブリシティ代表取締役社長を務める杉山恒太郎氏だ。
氏は折しもバブル絶頂期の1991年、カンヌ国際広告祭の日本代表審査員を務めた際、世界の公共広告の質と量に圧倒されたという。「日本の広告が世界で一番面白い」と言われていた時代、その幻想を「アウェイ」の地で打ち砕かれたのだ。そして氏は帰国後、公共広告の分野で世界に挑戦を仕掛けることになる——。
本稿では、世界の優れた公共広告を紹介した杉山氏の著書『THINK PUBLIC 世界のクリエイティブは公共の課題に答えを出す』(宣伝会議刊)から2例を紹介した箇所を転載で紹介する。
SNSのガイドラインを突破した秘策とは?
セルフチェックによる発見がしやすいにもかかわらず、見過ごしてしまうケースも多い乳がん。世界中で数多くの啓発キャンペーンが行われてきたが、それでも女性が定期的に乳房を自己検診する習慣をつけるのは難しいとされている。
一方で人々は1日に平均110回もスマホをチェックしているとのデータもある。乳がんを経験した女性たちが運営するアルゼンチンの市民団体「MACMA」は、SNSを活用してスマホ上でセルフチェックの方法を伝えようとした。
しかし、1つ大きな課題があった。セルフチェックの方法をガイダンスするには実演してみせるのがベストなのだが、女性の乳房はSNSに露出できない。
FacebookやInstagramのガイドラインでは、厳格なヌード禁止ポリシーが適用されている。皮肉なことにFacebookには「乳がん手術後の傷跡がある写真は許可する」という規定まである。
MACMAにすればそれでは遅い。そこで回避策を考案した。
SNSにシェアされたチュートリアル動画は、女性が乳房の自己検診を始めようとするシーンから始まる。シャツを脱ぐと胸はFacebookとInstagramのアイコンで隠されている。すると女性の全身がすっぽり隠れるほど横幅の大きい男性が割って入り、後ろに回った女性はふくよかな彼の“胸を借りて”検診の手順を実演する。
キャンペーンに費やした広告費は1000ドル未満ながら、動画は公開初週で4800万回再生を記録するなど大いにバズった。専門的知見や社会的影響力を持つサポーターも増加し、MACMAはアルゼンチンにおける乳がん支援ネットワークの公式組織に認定された。



