欧州諸国は2年ほど前から本格的に国防予算を引き上げているが、これに伴って部品や原材料を巡る防衛産業と民間産業の競争が激化しており、航空宇宙産業をはじめとする産業部門のサプライチェーン(供給網)に混乱が生じる可能性がある。
欧州の軍事費は2024~30年の間に最大で80%増加し、6500億~7500億ユーロ(約112兆~130兆円)に達するとみられている。軍事支出は、ドイツ、フランス、英国などの大国で特に増加しているが、欧州連合(EU)加盟国は全体として、EUの「欧州再軍備」計画の一環として国防予算を軒並み引き上げている。欧州の国防予算の増額は、2014年にロシアがウクライナ南部のクリミア半島を占領した際に始まり、22年に同国がウクライナへの全面侵攻を開始すると、増額幅は大幅に拡大した。
EU全体の国防予算のうち、装備品に充てられるのは約3分の1に過ぎないが、航空宇宙産業と防衛産業の急速な拡大は、すでに逼迫(ひっぱく)している欧州の産業の供給網に一層負担をかけることになるだろう。部品や原材料の逼迫の証拠は、過去数年間の航空宇宙産業の製造不足にすでに現れている。米コンサルティング企業オリバー・ワイマンの報告書によると、世界の航空宇宙メーカーが2024年に製造した民間航空機の数は1300機に満たず、18年のピーク時より30%減少した。
さらに問題なのは、急速な増産を求める政府からの圧力により、供給業者は他の産業からの契約より防衛関連の契約を優先する傾向にある点だ。こうした政府契約は長期にわたることが多いため、請負業者にとっては特に魅力的だからだ。これにより、防衛請負業者が大量の部品や原材料を求めるようになり、価格が上昇する可能性もある。
最も影響を受ける民間産業部門は
オリバー・ワイマンの分析は、主に欧州市場の600社を超える二次供給業者の公開情報に基づいており、重大な脆弱(ぜいじゃく)性を明らかにしている。全体として、防衛産業と隣接するさまざまな産業の供給網の間には、特に電子部品や電子機器、機械部品に関する分野で、明らかな重複が見られる。業界によっては、空気圧システムや油圧システムなど、一部の複雑な部品が不足する場合がある。
産業機械分野では、ベアリングやセンサー、メカトロニクス、油圧システム、単純なシステム部品などが、航空宇宙産業と防衛産業のメーカーでかなりの部分が重複していることが分かっている。機械の動作に不可欠なこれらの重要部品は、供給業者が防衛用途に手を伸ばし、それを優先するようになると、今後さらに不足する恐れがある。鉄道業界も同様の運命に直面しており、プリント基板や筐体(きょうたい)組立品、半導体、マイクロエレクトロニクス、制御装置などが最も脆弱だとみられている。
自動車業界のリスクはさらに大きい。供給業者の優先順位が防衛関連の契約へと移行する可能性だけでなく、単に防衛産業からの需要が増すだけで、すでに逼迫している供給網に深刻な影響を及ぼしかねない。自動車部品では、ハーネスやケーブル、コネクターなどの単純な電気部品のほか、センサーや油圧システムが不足する可能性がある。エネルギー業界も例外ではない。ワイヤーハーネスやケーブル、コネクター、ベアリングなどの主要部品が調達困難になるとみられる。



