米国、とりわけシリコンバレーの起業文化を日本に輸入し、医療機器分野のイノベーションエコシステムに根付かせようと取り組む1人の医師がいる。米国での経験が長く、日本人として初めてFDA(米国食品医薬品局)で医療機器医学審査官も務めた内田毅彦氏だ。
ハーバード公衆衛生大学院修士・ハーバード経営大学院GMP修了、医療機器メーカーボストン・サイエンティフィック米国本社メディカル・ディレクターなどを経て帰国、医療機器開発コンサルティング「サナメディ」を創業した同社CEOの氏だが、起業の聖地・シリコンバレーでは医療機器ベンチャーとの協業、コンサルティング会社立ち上げなどの経験も持つ。これまでに総額約37億円の資金調達や、世界35カ国での医療機器販売を実現してきた。
「日本のスタートアップを取り巻く状況はまだまだ未熟な段階といわざるを得ない」という内田氏に、インベンション(発明)からインプリメンテーション(事業化)へと無限循環する起業文脈上のエコシステムはどう作ればよいか、を聞いた。
>(後編)日本人初・元FDA審査官が起業の聖地で会った「過ちを高格付け」する投資家たち
発明=イノベーションに非ず——「ゼロ」を徹底駆逐せよ!
2015年春、故・安倍晋三元首相が歴代現役首相として初めてシリコンバレーを訪問。現地のベンチャー経営者や投資家などとミーティングを持った。このことも受け、翌年にはスタンフォード大学名誉教授ダニエル・オキモト氏が初代共同議長となり、シリコンバレー・ジャパン・プラットフォーム(SVJP)も発足した。
しかしそこから10年経った今でも、日本のスタートアップの成功率は「センミツ(千に3つ)」といわれる。反面、シリコンバレーのスタートアップの成功率はどうか。たとえば、サム・アルトマンが代表を務めたことでも知られるアメリカのシードアクセラレーター/起業家養成スクール『Yコンビネーター』創業者のポール・グレアム氏によれば約7パーセントある。なぜなのか。
内田氏は「イノベーションの誕生に必要ないわゆる『震源域のディスカッション』は、失敗経験を含む経験者同士で行った方が成功確率が上がります。それを考えれば、SVJPですぐに風景ががらりと変わるといったことが起きないのは仕方ありません」と、経験者がまだまだ少ないことを問題視している。

加えて日本では、「インベンション」を社会実装まで持っていく「インプリメンテーション」のプロセスでつまづくスタートアップが多い。
「そもそも日本では、新しいモノの誕生イコール『イノベーション』であるともてはやされた時期がずいぶん長くありました。しかし、『インベンション(発明)』と、『インプリメンテーション(発明したものを事業化すること)』とはまったく別のスキルです。そして、真のイノベーションは発明やその種(シーズ)を事業化、社会実装し、それが社会に使われ、社会から価値を認められて初めて叶います」
実はシリコンバレーには、シーズを生み出した人がそのままCEOになってスタートアップをドライブするのが当然、などという文化も哲学もないという。事業化はあくまでも、起業やベンチャー経営の経験者が手がける。その分業が上手くいっているから、スタートアップの成功率が高い、と内田氏は分析する。
「日本のスタートアップを取り巻く状況はまだまだ未熟な段階といわざるを得ません。いわば、選手はいるがコーチや監督がいない。たとえばまったく新しいスポーツが輸入されたとします。挑戦したいプレーヤーはいる。しかし『こういうスポーツがある』という情報と一緒に方法論が伝達され、コーチが基本的なルールからトレーニングの方法まできちんと教えなければ強くなれない。プレーヤー1人では為し得ないことがあまりにも多いのです」



