「まだ街があるでしょう」――本当の危機感とは何か
インタビューの終盤、古澤氏はハーバード大学のイベントで聞いたという、ある学者のエピソードを話してくれた。その学者が気候変動対策の取り組みを視察するためにバングラデシュを訪れた際、現地の人からこう言われたという。
「アメリカはまだまだ甘い。2050年になっても、まだ街があるでしょう?」
日米でも海面上昇が迫っている地域は数多くある。しかし、2050年には海面上昇や洪水により国民の7人に一人が移住を迫られるとされている国から見れば、それはまだ「迷う余地がある」恵まれた状況なのだ。この圧倒的な危機感の差は、私たちに何を問いかけるのか。
「本当に不透明な中、『どうしよう』と迷う余地があるというのは、すごく恵まれていることなんです。国土がなくなるという危機に瀕していて、本当になんとかしないと住む場所がないというところもある。でも、そういうところから生まれるイノベーションもあるはずです」
日本ではこれまで、大規模な自然災害が起きても、それが長期的な気候変動問題と結びつけて語られることばかりではなかった。メディアも、政治も、目先の防災や復旧に終始しがちだ。
アメリカでは、地域に根差したNPOや市民社会が、政治家の公約実現を厳しく監視し、声を上げる体制が根付いている。「地域に根ざした20代30代の若い人もすごく関わっていて、政治家が選挙の時に公約で脱炭素をやると言ったけど、実際にどうなっているかをちゃんと見張って発信する体制があります」(古澤氏)。その力強い動きが、連邦政府の逆風の中でも、州や都市の現場での動きを前進させる原動力の一つとなっている。
日本が目指すべき道筋
では、日本はどう行動すべきなのか。古澤氏は、アメリカの現状から学べる教訓があると指摘する。
「前述した通り、見方によっては、今はチャンスでもあるのです。どうせやらなければいけないのだから、振り切ってやって、リーダーシップを取りに行く。ビジネス的にも政治的にも、これを機に脱炭素のリーダーになっていくべき時でしょう」
ビジネスの現場では特に、気候変動対策を「コスト」ではなく「未来への投資・成長機会」として捉える視点の転換が求められている。それは、雇用創出、既存の格差の縮小、業務効率化、コスト削減、環境保全、生活の質向上など、多面的なメリットを生み出すアプローチだ。
トランプ政権の誕生は、世界の気候変動対策にとって確かに大きな試練だろう。しかし、その地殻の下では、コスト削減や防災、より良い生活の実現といった、より実利的で根源的なエネルギーが、確実に脱炭素の潮流を支えている。この複雑な現実を直視し、不確実性を好機と捉え、多面的なメリットを生み出す戦略を描くこと。それこそが、今、日本のリーダーに求められる姿勢なのかもしれない。遠い国の政権交代を傍観するのではなく、自らの未来を切り拓くための主体的な行動が問われている。
ふるさわ・えり◎在米都市専門コンサルタント。ニューヨークを拠点とするHR&Aという都市専門コンサルティング会社でディレクターを務め、アメリカ各地の自治体に伴走しながら、多様な人が豊かに暮らせるような都市づくり、住民参加型の合意形成、気候変動対策のための政策立案などを手がける。東京大学工学部建築学科を卒業後、2016年に渡米。コロンビア大学都市計画修士課程修了後、ニューヨーク市の都市計画局でゾーニングやアーバンデザインを通じた気候変動対策を手がけたのち、HR&Aに転職。 2022年よりマサチューセッツ州サマビル市の気候変動・エネルギー政策アドバイザーも務める。


