現場から見る気候変動対策の現実
古澤氏の活動は、理論だけでなく具体的な現場での実践に根ざしている。HR&Aでは、ニューヨーク市の低所得者向け太陽光発電プログラムの策定や、火力発電所の跡地の利活用を通じた、地域住民のためのクリーンエネルギー分野での雇用創出・経済開発の計画づくり、シアトルを含むワシントン州における低所得者用住宅の質を上げ、エネルギーコストを下げるためのプログラムの評価など、社会的格差に配慮した脱炭素の取り組みをアメリカ各地で推進してきた。
「気候変動対策は公共政策、インフラ・不動産、そしてエンドユーザー体験という三つの視点を組み合わせないと進まない分野です。ファンディングやガバナンスの仕組みも必要だし、ビジネスとの効果的な協働や、インセンティブの作り方も考えるし、地域の人の生活にどのような影響があるかを考慮することも必須です」
こうした実践的な取り組みから見えてくるのは、気候変動対策の複雑さと同時に、その必要性の切実さだろう。古澤氏は自治体レベルの気候変動対策の三つの主要課題を指摘する。
「一つは、気候変動への適応と、GHG排出量を減らす緩和との両方を同時に迅速にやらなければならないこと。二つ目は、政治的なタイムスパンと長期的なインフラ投資の必要性が合わないこと。三つ目は、横断的にやらなければならない分野なのに、縦割りの役所との相性が悪いことです」
不確実性の時代、日本がリーダーシップを取る好機
このアメリカ国内の情勢の混乱に、欧州のCBAM(炭素国境調整措置)本格導入が加わり、世界はより複雑な様相を呈している。米欧の動向の影響を受ける日本企業にとって、「先行きが見えにくい時期が数カ月から数年は続くのではないか」と古澤氏は予測する。
だが一方で、彼女はこの不透明な状況こそが「チャンス」だと断言する。
「『If you’re not at the table, you’re on the menu.』という表現があります。意思決定に当事者として関わっていなければ、他の人によいように料理されて食べられてしまう、という意味です。いま、脱炭素の分野におけるアメリカのリーダーシップがとても弱まっています。しかし、地球規模で気候変動の影響は深刻化しており、今後も脱炭素の必要性は増えています。欧州や中国をはじめ、世界各地で気候変動対策を進める動きは続いています。日本の政府や企業が前線に出ていき、日本の強みを生かせるような形で進めるための唯一無二の機会だと思いますし、他国と協働しながら、今後も地球が生き延びていくために必要な脱炭素を進めるべく、意思決定の場を仕切る好機だととらえるべきです。」
誰が政権を握っていようと、脱炭素の重要性は増える一方だ。ならば、後手に回るのではなく、振り切ってやるべきだと古澤氏は説く。その際、重要な視点が「脱炭素の一点突破で売りに行こうとしないこと」だ。
「GXした結果、雇用が生まれる、業務効率化が進んでコストが抑えられる、生活の質が向上するなど、本来、あらゆる面での改善のきっかけとして活用すべきです。GXをひとつのきっかけにして、様々な相乗効果がある——そのためにGXが使えると考えることも重要ではないでしょうか」


